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※この話は絵本[あらしのよるに]シリーズを元にして書いています

 


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御剣の、その小さな告白は。
数日後には検事局全体を巻き込む大きな雪崩となった。
情報会社との癒着を取り沙汰されたことに始まり、供述調書の偽造、証拠品や証言の捏造など
様々な疑惑が検事局に向けられた。
その波紋は検事局だけではなく警察局にまでも及び、世間を大きく騒がせた。
御剣が検事局長から命令を受けたと発言したことにより、警官や検察官個人ではなく
上司を含めた組織ぐるみの犯行ではないかという噂が囁かれるようになった。
御剣の、たった一人の存在が大きな嵐となって全てを飲み込んでしまった。



















ぼくは一人、事務所へと戻ってきた。
がらんとした事務所に出迎えられて寂しさよりも驚きがぼくの胸を刺した。
所長の姿は当たり前だけど見当たらず、共に行動していた少女の存在も今は遠くなってしまっている。
大きなソファに座り溜息を吐き出した。
ひっそりと静まり返る部屋の中で、自分の息遣いすら他人のものに思えてぼくは思わず身を小さくさせる。
どうして?
頭の中に真宵ちゃんの問い掛けが甦った。
あの騒ぎのなか無罪となり、釈放されたぼくは自宅には戻らずに事務所に帰ることを選択した。
そんなぼくに真宵ちゃんは問い掛けてきたのだ。
どうして家に帰らないの?

(どうして、だろう)

同じ言葉の疑問が自分の中で響く。でもその意味合いは彼女のものとはきっと違う。
どうして、ぼくは君を待っているのだろう。
もう少し長い疑問が次に続いた。
約束なんて元々していなかったのに。ぼくはどうして君の帰りをここでずっと待っているのだろう。
どうして、家に帰らないのか?そんなの決まってる。御剣はぼくの自宅を知らない。
知らない彼がそんな所に行くわけがないんだから。
御剣が知っているぼくのいる場所といえば、裁判所とこの事務所くらいしかない。
御剣は必ずぼくのもとに来る。
ぼくたちはまた会える。
依頼人の無罪を信じるのとまた同じように、ぼくは御剣との再会を信じていた。
馬鹿みたいに信じていた。ぼくにはそれしかすることがなかった。



















どれくらいの時間がたったんだろう───
連日の緊張感から解放されたぼくはいつの間にか眠りに落ちていた。
来客用のソファは狭く、決して寝心地がいいとは言えなかったけれど留置所内よりは数倍まともだ。
かなりの時間寝入ってしまったみたいだ。
外の世界に向けて広がる窓から白い光が差し込んできたのに気付く。
薄ぼんやりと部屋中を染める色にぼくは一瞬混乱した。
オレンジ色の日光が夕方のものに思えたからだ。しかしそれは勘違いだとすぐに気付く。
音は相変わらず事務所内には存在していなかった。部屋の中だけじゃない。
部屋の外からだって何も聞こえてはこない。全てが音を無くす時間帯は、明け方の他ならない。

腰を上げた。窓に近付いて空を見上げる。

夜が終わり、朝がまだ来る直前の空がそこには広がっていた。
空の星が光を失い始める明け方の頃。
ゆっくりと昇る太陽をぼくは目を細めることなく見ることが出来た。
朝のものでもない、昼のものでもない、曖昧な太陽の光はひたすらに優しかった。
徐々に姿を現していく太陽はゆっくりと街を照らし始めた。
遠くのビルやまだらに走る車、近くにある窓の枠、そしてぼくの顔。
目に映るもの、全てのものが橙色に輝いていて。胸が潰れそうなくらい、尊く、そして美しい。
慌しい毎日を過ごしていたぼくたちはこんな世界が存在することを今まで知らなかった。
遠いどこかに世界を求めなくても、こんなに綺麗な場所は現実に存在していたんだ。
そのことをぼくは彼に教えたいと思った。
いつも自分の心を支えてくれた、たった一人のかけがえのない友人に。

「み、つるぎ」

震える唇を無理矢理動かして、ぼくはその友人の名前を呼んだ。
答えは返ってこない。朝もやの中にただ消えていくだけだ。

「御剣……御剣…」

溢れ出た涙を無視して、ぼくは何度も名を呼ぶ。

「やっぱ、あったんだ。探していた場所は、こんなところにあったんだよ……御剣」

彼方に浮かぶビルの山。静謐の中、そっと息づくすべての生き物たち。
誰も、何も、ぼくたちを咎めない。
二人が探し求めていた美しい世界はこんなに近くにあったんだ。

「御剣。早く来いよ。御剣、御剣……」

君と見るはずだったこの景色はとても綺麗だよ。
そう言いたかったのに、声が潰れて少しも言えなかった。

徐々に昇り行く朝日は眩しすぎて、それでもぼくは目を離さずに。
身を震わすような吹雪がやんだその場所に一人立ち尽くして。
ぼくは何度も彼の名を呼んでいた。



 










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