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※この話は絵本[あらしのよるに]シリーズを元にして書いています

 


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いつもは隣りに見ていた青が、今は自分の目の前に存在する。


私は目を細める。弁護人席に立つ成歩堂の表情は冷静だった。
しかし、そう見えるのはきっと表面上だけだ。内心では不安を抱えてあの場所に立っているのだろう。
私には数日前、彼が涙を流したという記憶が残っている。
肩の上に沈む黒髪や微かな震え、堪え切れない悲しげな嗚咽。どれも、とても鮮やかに。
私は俯く。そして自分の手を見た。
彼を守ると決めたのに。この先何が起ころうとも自分だけは彼の味方でいようと、あの日誓ったのに。
私は今から、この手で彼を追い詰めようとしている。自分の信念のために大切な彼を敗北させるのだ。
なぜならそれが検事という地位の自分なのだから。
裁判長が二人の間で木槌を振り上げる。
始まる。

いつもは何とも思わない木槌の音が、高く、鋭く、そしてとても重いものに聞こえた。








被告人の少女の泣き声でその裁判は一旦幕を閉じた。
裁判の流れはスムーズだった。
捜査の指揮をとった糸鋸刑事の証言から始まり、目撃者である松竹梅世、彼女が宿泊していたホテルのボーイ。
彼らはそれぞれ与えられた役目を難なくこなし、自分の見たことを饒舌に語った。
その結果。綾里真宵の前には有罪への道が真っ直ぐに敷かれることとなった。
綾里真宵は俯き、涙を流し続けていた。自分が無実と訴える気力も無くしたように、ただ静かに。
絶望と落胆を背負い小さくなっている彼女は気の毒だが、有罪はほぼ決まりかけている。
その法廷にいた誰もが綾里真宵の有罪を確信しているだろう。
しかし、終焉の木槌は下ろされなかった。

「異議あり!!」

正面から叩き付けられる声。
真っ直ぐに伸ばされた視線と指先。

「この男の存在を今まで隠していたのは、御剣検事!あなた自身ですよ!」

成歩堂の猛攻とも言える弁論に、私は有罪判決を手に入れる機会を奪われたのだった。



















綾里真宵が係員に支えられるようにして法廷を去っていくのを、成歩堂は厳しい表情で見守っていた。
彼女の姿が見えなくなるまで見送った後、踵を返して弁護人席を離れる。
次に動いたのは検事席にいた私だった。青色の背中を視界に入れながら唇を動かす。
しかし、音が出てくるタイミングがずれた。

「御剣検事!」

後方から呼び止められ、私は何も発さなかった唇を動かして閉じた。
視線だけ声のした方向へ向ける。
大きな足音をたてつつ糸鋸刑事が私の目の前へとやってきた。

「ううう、御剣検事……あの、その……」
「何だ」

最初の呼び掛けだけで全ての勢いを使い果たしたのか、彼のはっきりとしない口ぶりに
私は思い切り眉をしかめた。
目が合った途端、糸鋸刑事は驚いたように目を瞠るとすぐにさっと逸らす。
そこで私はやっと気付いたのだ。自分が同情を受けていることを。

「あの、自分、なんと言っていいのかわからないッス……」
「君に情けを掛けられるとは私も落ちたものだな」

くっと喉を鳴らして笑う。嘲るのは有罪を勝ち取れなかった自分と、その事実に動揺する周りの人々だ。
ふんと今度は鼻を鳴らして笑う。何を動揺することがあるのだろうか。
どんなにあがこうとも、どんなに回り道をしようとも判決は二つに一つしかない。
しかもこの裁判に用意されている結末は有罪の一つのみ。
検察側は有罪を立証し、弁護士側は無罪の証明に失敗する。
その終わりに変わりはない。相手が誰であろうと。

「御剣検事……」

糸鋸刑事はぼんやりと私の名を呼んで顔を上げた。
私の様子を見て落ち着きを取り戻したらしい。私は彼に向かってもう一度笑ってやった。
彼の大きな身体の中にあるとても小さな瞳がはっきりと私を見つめ返した。
それを確認してから視線を外す。
そして私は明日の裁判までに自分がなすべきことを頭の中で算段し始めた。
天才検事としてこの事件の担当を任命された身だ、今日のような失態を二度と繰り返すわけにはいかない。
ふいに、正面に立つ糸鋸刑事の視線がどこかに向けられていることに気が付いた。
その方向を探ろうとして……さらに気が付いた。
彼は、私が無意識に見つめていた方向を見ていたのだった。
私は見つめていた。先程、成歩堂が一人出て行った法廷の扉を。
今はもう見ることができない彼の背中を。それはほぼ、無意識のうちに。
成歩堂はどこに向かったのだろうか───

「あの弁護士、もしかして一人でコナカルチャーに行くつもりッスかねぇ……」

浮かび上がった疑問に答えるように、糸鋸刑事がぽつりと呟きを漏らした。

 










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