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※この話は絵本[あらしのよるに]シリーズを元にして書いています

 


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あらしのよるに。
大切な君と。


ぽつり、と水滴が頬に触れた。
眉をしかめて空を見上げると、緩やかに降りてくる雨粒たち。
その勢いはこうして見ている間にも激しくなっていき、衰える気配はない。
ついていない。仕事も終わり、後は家に帰るだけだというのに。

(仕方がないな……)

ため息をついて、今さっき出てきた建物の中へと身を隠した。
そういえば季節外れの台風が近づいている、と今朝のニュースで言っていたことを思い出した。
それなのに、傘を持ってきていない間抜けな自分が憎らしい。

(ここは、少し寒いな)

近くの控え室をのぞいてみる。どうやら誰もいないらしい。
時間も時間だ。今から行われる裁判なんてないだろう。私はしばらく、そこで時間をつぶすことにした。
ソファに腰をかけ、次の事件の資料をまた一から読み始めた。



「……!」

被害者の資料を読んでいるときだった。窓の外から一度、激しい雷鳴が轟いた。
部屋の電気が頼りなく揺れたと思ったら、パチンと切れてしまった。

(停電か……?)

小さな窓しかないこの部屋では、外の明かりを頼ることができない。
ふと感じた恐怖心を振り払うかのように、私は立ち上がった。
ドアに近づいて、外の様子を窺おうとしたとき。

「うわわ…びしょぬれだ!」

騒々しくドアを開き、部屋の中に駆け込んできた人影と肩がぶつかってしまった。

「えっ!?…あ、ご、ごめんなさい!」

部屋の中に人がいるとは思わなかったのだろう。相手は狼狽した様子で謝罪した。
どうやら彼も雨宿りをしにきたらしい。

「……雨が益々ひどくなってるようだな」
「帰ろうとした矢先に降られちゃって…停電もしてるみたいだし……」

困ったな、と呟いた彼の様子がどこか能天気で私は思わず笑ってしまった。
暗闇で顔の見えない相手に少し警戒していた彼も、つられて笑いをこぼす。

「今日はバッジも忘れちゃうし…ついてないな」

ぽつりとこぼして呟きに、耳が反応した。

「バッジ…?」

聞き返して、私はすぐに理解した。秋霜烈日を表す検事バッジは、私自身も所持している。
随分とそそっかしい検事がいたものだ。口ぶりからして、まだ新米なんだろうか?
雷が光り、一瞬だけシルエットが浮かび上がる。
きっちりと着込んだスーツに、ギザギザの形作られた奇妙な髪形。

「停電、なかなか直らないね」
「もう遅い時間だしな。もしかして明日まで放って置くのかもしれんな」

わずかに沈黙が流れた瞬間。 ぐらり、と地面が揺れた。

「!………痛…」

思わず、隣にいた彼の腕を握り締めてしまった。いきなり腕を掴まれ、彼は私の顔を見た。
どうやら激しい雷が近くに落ちたせいで、地面が少しだけ揺れたようだ。

「す、すまない」

慌てて手を離し、替わりに自分の腕を握る。手が…身体が、震えないように。
……地震は、苦手だ。忘れていた過去が蘇るから。
暗闇でよかった。こんなみっともない姿、他人には見せられない。

……ふと。
肩に、温度が触れた。
彼が私の肩に、手を置いたらしい。

「…すごいね、雷…結構近くに落ちたみたいだ」

素知らぬふりをして、彼は呟いた。
触れられた温度にどこか安心しつつ、身じろぎをすると彼が気づいて、笑った。

「ごめん。暗いし、雷鳴ってるし。怖いから、このままにしといて」

雷に怯えている様子は感じられなかったが…少し考え、気がついた。
今、ぬくもりを欲しているのは、彼よりも私のほうだ。

(…どうやらこの男は、思っていたより鋭いらしいな)

暗くてシルエットしか見えない彼を、目を細めて見つめる。

「地震、雷、火事、親父ってね」
「…なんだそれは」
「知らないの?四大怖いものだよ。怖くないか?」
「……確かに、親父は怖かったな」
「だろ?」

笑った瞬間、手が離れた。不思議なことに、途端に不安になる。
暗闇の中、手を彷徨わせていると。
暖かい手が私の手のひらを捕まえた。そしてそのまま、ぎゅっと握られる。

「…………手……」
「うん。怖いんだってば」

離すどころか、ますます力が込められた。
外は嵐が通る音。暗闇の中、名も顔も知らない二人が、手を繋ぎ立っている。

「君は怖くないの?」
「………怖い、な」
「だよね。ぼくたち、なんか似てるね」

暗闇のせいなのだろうか。隣に立つ男が、誰よりも心強く、そして親しく感じられる。
台風に巻き込まれ散々な夜だと思っていたが、彼と出会えたことは何よりの幸運だったのかもしれない。
二人で他愛もない会話をし、ひとしきり笑いあったあと、いつのまにか窓の外が静かになったことに気がついた。

「あ、ほら。台風も過ぎてったみたいだよ」
「そのようだな。そろそろ帰るか」
「待った!」

張り上げた声に呼び止められ、私は足を止めた。
数歩下がった場所で彼は、ぱたぱたとスーツのポケットを叩いて何かを探しているようだ。

「あっ!名刺まで忘れてるよ、ぼく…」
「……いや、私もちょうど切らしているようだ」

お互いの間抜けぶりに、声を出して笑った。

「また明日裁判所にくる?良かったら昼でも一緒にどう?」
「来たくなくてもここは仕事場だからな。君のそうなのだろう?」

まぁね、と苦笑した声が聞こえた。

「こうなったら名前は秘密にしておくよ。明日会ってお互いビックリ、みたいな」
「子供か、君は」
「君も付き合ってよ。じゃあ、明日この場所で。嵐の夜に会ったものです、って声掛けるから」
「何もそこまで言わなくてもわかるだろう。嵐の夜に、で」
「わかった。嵐の夜に、ね!」

そう言って、私たちは暗い部屋を後にした。

考えてみたら、見ようと思えばいつでも彼の顔は見れたのだが…
彼の言った秘密という言葉が気になって、顔を見ないように── そして見せないように敢えて意識していたのだ。

(……くだらない遊びだな)

そう思いつつも、笑みがこぼれる。
外に出て顔を上げると嵐は当に過ぎ去り、微かにだが星の光まで見えた。
すっかり暗くなった道を、私は一人、歩き出す。

 

あらしのよるに。 私と君は出会った。

 

●   
・.

 





 










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