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あらしのよるに。
(仕方がないな……) ため息をついて、今さっき出てきた建物の中へと身を隠した。 (ここは、少し寒いな) 近くの控え室をのぞいてみる。どうやら誰もいないらしい。
被害者の資料を読んでいるときだった。窓の外から一度、激しい雷鳴が轟いた。 (停電か……?) 小さな窓しかないこの部屋では、外の明かりを頼ることができない。 「うわわ…びしょぬれだ!」 騒々しくドアを開き、部屋の中に駆け込んできた人影と肩がぶつかってしまった。 「えっ!?…あ、ご、ごめんなさい!」 部屋の中に人がいるとは思わなかったのだろう。相手は狼狽した様子で謝罪した。 「……雨が益々ひどくなってるようだな」 困ったな、と呟いた彼の様子がどこか能天気で私は思わず笑ってしまった。 「今日はバッジも忘れちゃうし…ついてないな」 ぽつりとこぼして呟きに、耳が反応した。 「バッジ…?」 聞き返して、私はすぐに理解した。秋霜烈日を表す検事バッジは、私自身も所持している。 「停電、なかなか直らないね」 わずかに沈黙が流れた瞬間。 ぐらり、と地面が揺れた。 「!………痛…」 思わず、隣にいた彼の腕を握り締めてしまった。いきなり腕を掴まれ、彼は私の顔を見た。 「す、すまない」 慌てて手を離し、替わりに自分の腕を握る。手が…身体が、震えないように。 「…すごいね、雷…結構近くに落ちたみたいだ」 「ごめん。暗いし、雷鳴ってるし。怖いから、このままにしといて」 雷に怯えている様子は感じられなかったが…少し考え、気がついた。 (…どうやらこの男は、思っていたより鋭いらしいな) 「地震、雷、火事、親父ってね」 笑った瞬間、手が離れた。不思議なことに、途端に不安になる。 「…………手……」 離すどころか、ますます力が込められた。 「君は怖くないの?」 暗闇のせいなのだろうか。隣に立つ男が、誰よりも心強く、そして親しく感じられる。 「あ、ほら。台風も過ぎてったみたいだよ」 張り上げた声に呼び止められ、私は足を止めた。 「あっ!名刺まで忘れてるよ、ぼく…」 お互いの間抜けぶりに、声を出して笑った。 「また明日裁判所にくる?良かったら昼でも一緒にどう?」 まぁね、と苦笑した声が聞こえた。 「こうなったら名前は秘密にしておくよ。明日会ってお互いビックリ、みたいな」 そう言って、私たちは暗い部屋を後にした。 考えてみたら、見ようと思えばいつでも彼の顔は見れたのだが… (……くだらない遊びだな) そう思いつつも、笑みがこぼれる。
あらしのよるに。 私と君は出会った。
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