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父親に夢で会う。

横たわり目を閉じれば、まるでビデオのように繰り返し再生される夢。
いや、それは夢ではない。夢という形で現れるがそれは確かに現実に起こったこと。

幼い私が犯した罪の記憶。






──助けてくれッ!い、息が…
──うるさい! ダマるんだ!…こっちまでおかしくなる!

二つの大人の声が闇に響き、恐怖が増す。
いつもは優しい父親の声がこれほどまでに恐ろしいことを私は初めて知った。
抱えた自分の足をさらにきつく抱く。こうでもしないと泣き叫んでしまいそうだったから。
泣けば二つの怒号は私に集中するのだろう。
幼いながらもそれを察知していた私は、唇を噛みしめて両膝に自分の顔を埋めた。

──オレの空気を吸うな!い…息の根を止めてやる!
──う…うわっ!何をする…やめろ…!

様子がおかしい。
声に異常を感じた私は顔を上げる。目が慣れてきたとはいえ、暗闇は暗闇。
二つの影が激しくもみ合っていることだけがわかった。どちらが父親なのかはわからない。
しかし、助けを求める父親の声だけが耳につく。私は我を忘れて床に這いつくばった。
両手で何も見えないまま、あたりを探る。何かないのか。誰か助けてくれないのか。誰か、誰か。
ふいに触れた冷たいものに私の心が凍りついた。
それを何だと理解する間もなく、ただ夢中でそれを拾い上げる。そして。

──ぼくの…おとうさんから、はなれろ…っ!

一発の銃声。そして恐ろしい悲鳴。

そこで夢は全て途切れる。









夢の欠片が千切れるように脳裏から去っていく。
薄く目を開いても、私はまだ闇の中にいた。額に浮かぶ汗を拭い、呼吸を整える。
息を吸いこみながら視線をめぐらし、自分の今いる場所を確かめた。
ここはあの日のエレベータの中ではない。そして私は、幼い子供ではない。
あれから何年もの月日が流れ、父は死に私は成長した。

あの悪夢は、今初めて見たわけではない。
15年間繰り返すあの息苦しい時間。その恐ろしい悪夢にも少しは慣れたはずだと思っていたのに。

わかっていたのに震えが止まらなかった。あの二人の名前を見たからなのだろうか。
あの頃の自分を呼び覚ましたのだろうか。あの、弁護士と被告人の存在が。
息苦しさ、恐怖、血の臭い、つんざく様な銃声。
すべてが生々しすぎて、夢だとは到底思えない。

「………」

震える手のひらで顔を覆い、浅い呼吸を繰り返す。それでも恐怖は去らなかった。
このままでは。このままでは悪夢に飲まれてしまう。
あの夢の中に捕らえられて、今の検事の私がすべて崩壊する。消えてしまう。

その時、私はあるものを思い出した。

暗闇の中、指を這わせて探す。やがて指先に触れた硬く冷たい感触を思い切り握り締めた。
部屋の片隅にそれを向け、ボタンを押す。ビデオテープが擦れる、小さな音が部屋に響いた後。
スピーカーから流れ出す華やかな音楽。色がいくつも画面に現れ、暗闇をほのかに明るくした。

狭い箱の中で繰り広げられる、勧善懲悪の物語。
悪は必ず滅び正義は必ず勝つ。
ヒーローのトノサマンは正しい道理を説き、人々はそれに酔いしれる。

私はベッドに座りこんだままその画面を見つめていた。
悪夢で途切れてしまった睡眠をとる代わりに、ずっとそのヒーローの活躍を見続けていた。








父は真っ直ぐな人だった。

弁護人席に立ち、右腕を垂直に上げ。声を張り上げて真実を指差す姿は幼い頃の私にとって、
まるでヒーローのような存在だった。
凛とした響きを持った父の声に証人は唸り、反対の席に立つ検事は顔を歪めて机を叩く。
私は傍聴人席の隅に腰掛けながら手に汗を握り、息を詰めてその逆転劇を見守っていた。
それはテレビの中で繰り広げられる、作り物の番組にはない面白さがあった。
そして何より、自分の父親が正義のヒーローであること。そのことが何よりも誇らしかった。
自分もそうありたいと心底思っていた。級友にその事を話して聞かせては、口を開けて
感心する彼らに得意げに威張ってみせるのだった。

しかし、そこには誤算があった。

私の父親はヒーローではなかった。そして。
正義が必ず勝つだなんて、それはテレビの中でしかありえないことなのだった。


そのことを理解しつつも私は、ひと時も画面から目が離せなかった。
最後には悪を必ず退治するトノサマンの活躍を見て、なぜかほっとしている自分自身を疑問に思いながら。









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