Is love blind?
道路に打ち付けた背中の痛みを堪えながら、ぼくは階段を上っていた。
ようやく辿り着いた扉の、横に備え付けてあるチャイムを鳴らす。鳴り響いた音が鳴り止むのを待たずに押す。押す。押しまくる。
「……近所迷惑だろう」
おまけにもう一度押そうとしていた指が、チャイムを押す前に。殺気立った声に止められた。
帰ってきたばかりなのだろう、ジャケットは脱いでいたけどフリルタイはまだつけたままの御剣が扉を開けてぼくを睨んでいた。彼が自宅に帰っていたことをほっとしながらも、それを表に出すことなくぼくはその視線を向かい受けた。
「入れろよ」
低い声でそう要求すると、御剣は険しい顔で一歩退く。空いた空間にぼくは足を進め、御剣の部屋の玄関へと踏み入れた。
こんなにも気が立っているのはどうしてなんだろう。冷静に疑問を投げ掛けるもう一人の自分もいた。
あんなに飲んだビールのせいだ。真宵ちゃんがラーメン二杯も食べたせいだ。ボーイが生意気な態度だったからだ。道路に打ちつけた背中が痛いせいだ。星も見えない夜空が真っ暗だったせいだ。
理由は次々と浮かんでくる。ほとんどもう、八つ当たりとしか言いようがないけれど。
最終的な理由は今ぼくの目の前にあった。
どれもこれも、全部全部。全部、御剣のせいだ。
「御剣」
自分の中にある不満全てを相手にぶつけようと、名前を呼んだ。御剣の瞳が動き、ぼくを捕らえる。ふいに、胸が疼き、呼吸が上がる。重石のように抱えていた感情全部を声に変えて吐き出す。
「好き」
御剣は驚きに目を瞠った。ぼくも、自分の言葉にびっくりしてそれ以上何も言えなくなってしまった。
先に態勢を立て直したのは御剣の方だった。ふっと笑われて元々酔いで赤い顔がもっと赤くなった気がした。
「わかりきったことを」
恥ずかしい言葉を吐き出したぼくの唇に御剣の指が触れ、優しくなぞる。それだけで胸がどきどきして足腰の力が抜けそうになった。
それを見抜いたのか御剣の腕が腰に回された。引き寄せられた、と思ったらもうすでに抱き締められていた。重たい衝撃が後頭部に感じた。冷たい。扉に背中をつけた状態で御剣を抱き返す。そして、首を横に振った。
「いやだ……ここじゃ」
「我がままだな。ベッドまで運べばいいのか?」
はっとして相手を見ると、にやにやと笑う御剣が見えた。違う、バカ、と早口で罵り改めて首を横に二三度振った。
「背中が痛いんだよ」
「どうかしたのか?」
道路で転んだなんてことは言えなかった。転んだどころか、今日あった事は全部、御剣には言えない。
腰の辺りにあった御剣の手が持ち上がり、後頭部に添えられる。ゆっくりとぼくの背中は扉から離れていった。冷たい感触が背中から消え、代わりに御剣の熱い体温の中に包まれる。息が苦しくなるほど強く、強く抱き締められた。
やっと抱擁から開放されたと思えば、顎を上に持ち上げられた。薄く開いてあった唇に、御剣の唇が合わさった。甘い痺れが身体を過ぎっていく。
おかしいぞ、ぼくは怒っていたのに。なんで、こんなことになっているんだろう。
舌で相手の舌を押し返しながら、そんなことを思った。その疑問の答えを探そうと必死に頭を働かせるのに、相手はそれを許してくれない。
コートもジャケットも着ているのに、御剣は器用にその隙間を見つけ、右手を差し込んだ。シャツの上から乳首を弄られる。興奮と相まってぷっくりと腫れたそれを、御剣の指が執拗に撫でる。
「や、だって……」
どうしても声が震えてしまう。腰の辺りがじんとして、そのうちにむずむずしてくる。男のそれはそうなるともう隠しようがなくなるから、何とか御剣の胸を押して距離を開けようとするのに御剣は強引にぼくを抱き寄せ、膨らみを確認するように互いの身体を密着させた。
「どうだ?人でなしにこんなことをされる気分は」
「お前……そういうの、好きだよな」
ぼくが勢いで言った言葉をこんな時に持ち出し、御剣は心底楽しそうな顔で笑っていた。うまくかわすこともできなくて、むっとして突っ込むことしかできない。御剣はぼくの頬に指を当て、軽くキスを落とす。
「君が可愛いからだ」
「可愛いわけないだろ。こんな男が」
真顔で冗談を言われても面白くない。言い返したぼくに御剣は真剣な顔で首を振った。
「いや」
天才検事と名高い彼は、その気品溢れる相貌でぼくを見据えてこう言い放った。
「誰よりも、何よりも君が一番可愛い」
ぼくが女ならぽーっとしてしまう場面だろう。でもぼくは男で、呆れるしかない。
バカじゃないか、という呟きは呟きにはならなかった。御剣に唇を塞がれ、脱力した身体を引きずられ、連れて行かれた部屋は、言わずもがな寝室だった。
「どう、だった……?相手の人、は」
わき腹をねっとりと舐められる。御剣の濡れた舌の感触と温度が通る道筋を、ぞくぞくとした感覚が追いかけて行った。くすぐったさと快楽は紙一重だと思う。
「妬いてるのか?」
「ただの世間話だよ」
御剣が一旦手を止めたおかげでぼくはさらりと言い返すことができた。危なくキスで誤魔化され流されるところだったけれど、ぼくとの約束を差し置いて御剣がお見合いをしたことは流せない。
そのまま無言でぼくのまだ元気でない性器を触ろうとした御剣の顔を太腿で挟んだ。鬼検事が顔を両側から太腿に挟まれてこちらを睨み付ける姿はなかなかシュールで恐ろしかったけれど、ぼくとしても折れるつもりはない。しばらく睨み続けていると根負けしたのか御剣が溜息を吐く。
「……うム。まあ、普通だな。よく雑誌にモデルとして載るらしい。何の雑誌か、私が聞いてもわからなかったが」
言ったぞさぁいいだろう、と早速ぼくの性器に再び手を伸ばしてきた御剣の手を思い切り叩く。
「何それ。すごいじゃないか。……写真、ないのか?」
御剣の相手としての好奇心もあったし、男としての好奇心もあった。まだ酔ってるせいか今日のぼくは強気だ。もう一度御剣の顔を腿で挟んで思い切り締め上げた。
御剣も負けてはいない。細い目でこちらを思い切り睨み付けてくる。
「今、だろうか」
「今だよ今!今じゃなきゃやらないからな!」
喚いて御剣の顔を更に締め上げた。手加減はしていたつもりだけどぼくも興奮していたからよくわからなかった。
頬肉が真ん中に集まって御剣がかなり面白い顔になる頃、御剣はやっとぼくの上から退いた。上半身裸の状態で床においてあった鞄をあさり、携帯電話を片手にベッドの上に戻ってくる。全裸のぼくは身体を起こして御剣を待っていた。
「上司からのメールに添付ファイルがあったはずだ……」
ぶつぶつと呟きつつ不器用な指で携帯を操作する。横から覗き込むと受信メールの一覧から御剣の上司と思われる人物の名前が選択されたところだった。タイムラグの後、文字だけだった画面が変化する。そこに映し出された一人の女性を二人、同時に見つめた。
数秒後、ぼくの口から溜息のような声が落ちた。
「めちゃくちゃ美人じゃないか……」
「ム。そうだろうか」
わざとなのか天然なのか。こんな女性と結婚とか付き合えるとかの話があれば飛びつくのが普通だろう。……そう、普通であれば。
ぼくが抵抗と口答えをしないことを確認して、御剣は一気にペースを上げた。キスを窒息にそうなほど何度も繰り返し、性器を揉んで舐めて、確実にぼくを高めていった。
先程見た写真の女性が頭の中にこびりついていて、気持ちの上では何となく憂鬱な重たい塊を抱えているというのに、身体はそれと乖離していく。直接的な刺激に簡単に溺れる自分が恨めしかった。
過ぎる快楽に逃れようとする身体を捕まえられて、逆に開かされてしまう。男にしては柔らかい身体を御剣はいとも簡単に押し倒し、猛った性器を一気に挿入してきた。
前はこんなんじゃなかった。両足を抱え上げられて背中を丸められるのも、身体を折り曲げたまま秘部を晒して貫かれるのにも。ぼくの身体の硬さがあって、挿入の時点はいつも一苦労だった。
それが、今では。身体も関節も、受け入れる部分も。すっかり柔らかくなって御剣を容易に受け入れてしまう。いつのまにか御剣の形に変えられてしまった。
きっちり根元まで埋め込んだところで、御剣は抱えていたぼくの両足を下ろした。腿の外側に手のひらが置かれ、御剣の方へと寄せられる。これ以上収まる場所は少しもないのに、ぼくの後ろは浅ましい水音を立てて御剣をもっと飲み込もうとした。
身を捩ろうとして、御剣の視線が自分の顔ではなく結合している部分にだけ注がれていることに気が付く。
「いやだ……見るな」
唸るような声で命令しているのに、御剣はそれを全く意に介さず更に両足を左右に割り開いた。力の入らない手を持ち上げてそこを覆い隠そうとして失敗した。御剣に雑に払われてしまう。
「だめ、だって……見ないでくれ」
「何故、見たら駄目なのだ?」
御剣の口調は優しい。羞恥に両目をぎゅっと閉じているぼくには、その表情を見ることができなかった。でもきっと、いやらしい顔で鼻の下を伸ばしているに違いない。
変態、と罵りたかったけど、とにかく見られているのは嫌だった。
他人を体内に受け入れるという圧迫された状態で、ぼくは必死に言葉をかき集めて答えを返す。
「だって、そんなの……」
ぐちゃぐちゃで、きたない。
以前、鏡越しに見たことがある。御剣に促され己で初めて確認してしまった結合部分は、本気で正視に耐えなかった。女の子とのセックスで目にすることはあったけれど、それは挿入しているところであって挿入されているのとはまた違うのだ。
自分の性器だってグロテスクで、見ていてあまり気持ちのいいものじゃないけれど、御剣のそれを挿入された自分のそこはグロテスクどころじゃなかった。目を逸らしたくなるような気持ちの悪さなのに、御剣は嬉々としてそこを見つめてぼくの身体を突き上げていた。
「ああ、もっとよく見せてくれ……」
もうぼくの言ったことなんて全部忘れてる。腿を押さえていた手が移動して、御剣を含んだぼくの尻を揉みしだく。何ともいえない音が耳に届いてぼくは思わず顔を覆った。
「や…だ…ぁ、っ、きたな…い…っ」
怒鳴ろうと思ったのにそんな声が出た。まるで子供だ。余計恥ずかしい。
ふっと御剣が笑う声が聞こえた。馬鹿にして笑ってるんだろうか。
「……汚いだと?君の、ここが?」
尻の辺りにあった手が離れた。と思ったらそこの縁に感じた。御剣の、指を。
「さ、さわるな…!」
「汚いわけないだろう。また、見せてやろうか?」
目を閉じたままぶんぶんと首を振った。脳裏にあの光景が思い浮かんだからだ。
あんなものが綺麗なわけない。御剣の目はおかしいんじゃないか。それとも、もっと別の何かが見えているんだろうか……?
そんなことを考えていると、
「…っ!」
両手首をつかまれ、乱暴にベッドへと縫い止められた。そのまま激しく上下に揺さぶられる。そうされればもう、ぼくが自分を隠す手立てはなかった。
「あ、あ、んぅ…ッ!」
強く鋭い衝撃が下半身を襲う。痛みを感じているはずなのに、ぼくの身体はいちいちそこから快楽を拾い上げる。御剣はぼくのそこを見つめながら、中を抉って突き上げる。気持ちのよさと恥ずかしさで気持ちが高ぶって、知らず知らずの内に目から涙が溢れていた。
腰を持ち上げられた状態で、ほぼ真上から垂直に突き入れられる。曲げられた体勢も苦しかったけれど、それよりもここに来る前に転んだ背中が擦れて痛みを生んでいた。
「せ…なか、いた…」
不完全な呟きを御剣はちゃんと聞きつけた。繋がったまま両腕を引っ張られ、今度は向かい合わせの状態で腰を御剣の上に乗せる形になる。自分の重みで深く飲み込むことになってしまい、唇を噛み締める。
でも、そこを御剣に突かれて耐え切れずに堪えていた息を全部吐き出してしまう。
「あ、ああっ!」
自意識という栓を失ったぼくは高い声で喘いだ。御剣が腰を振る度にわずかだけど自分の身体が持ち上がり、勢いを持って御剣が突き刺さる。その度にぐぷぐぷという下品で激しい音がして、恥ずかしくて堪らないのに、もっともっとしてほしくなる。
「もっと…ッ…」
自分が思っていたはずのことが聞こえ、薄っすらと目を開く。御剣がぼくの身体を抱えた状態で首筋に己を擦り付け、呟いたのだった。何を乞われているのかよくわからないけれど、自分も腕を持ち上げて相手を抱き返す。
「あっあっ、み、つるぎっ、あ…ッ!」
両手で御剣の髪をぐしゃぐしゃにかき混ぜて喘いだ。もっと。もっと。
収めていた御剣がありえないくらいに硬く熱くなるのをぼくは、中で感じたまま達していた。
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