2018年3月25日 成歩堂法律事務所
『君じゃ、ないのだろう?ぼくの封筒を盗んだのは……』
泣きながら頷いたあの時に。
ぼくは誓ったんだ。ぼくは御剣を信じる。何があっても。そのために弁護士になったんだ。御剣。お前を追い掛けて。
お前にぼくを見てほしかった。認めてほしかった。
御剣、お前に。
御剣は足を止めていた。
驚いた顔でぼくと、ぼくの手が掴んでいる自分のコートの端を見つめる。ぼくは御剣の顔ではなく、自分が掴んでいる御剣のコートを睨み付けながら言う。
「お前がぼくに何をしたか……忘れてなんかいない。忘れられるわけ、ないだろ。あんなこと。ぼくはお前を一生許さない」
とても低い声が自分の喉から作り出されている。ぼくはそれを冷静に受け止めていた。自分で言いつつも、この指摘に御剣の心がどんなに抉られるか、想像していた。
「そうだな。私も自分で許されるわけがないと思っている」
御剣の声はどこまでも冷静だった。でもその表情には罪悪感が浮かんでいるに違いない。ぼくはそれは見ないで御剣から受け取ったDVDに指を触れさせる。
「……これは、お前のしたことが記録されてる、唯一の証拠品だ」
証拠品という言葉に御剣が微かに息を吸い込んだ。察しのいい奴のことだ、ぼくの意図することを先回りして読んだのかもしれない。
ぼくは低い声のまま、ある決意を言葉にした。
「ぼくが君を訴えればお前は海外研修なんて行けなくなる」
「どういう、つもりだ?」
慎重に問い返される。そこで初めてぼくは顔を上げる。
困惑、痛み、罪悪感。そんな感情で苦しむ御剣が、それでもぼくを責めていない表情でこちらを見ていた。コートを持つ手にいつの間にか力が込められていた。
これを、離してしまえば御剣は消えてしまう。そんな強迫観念がぼくを襲っていた。絶対に、離しては駄目だ。もう絶対に、離さない。
強く睨み付ける。口を開く。
「ぼくがおかしい事をしないようお前がぼくを見張ってろよ。……ずっと、この先」
御剣の両目が大きく見開かれた。
「脅しているのか?」
「お前がどう思おうがぼくには関係ない」
感情の高ぶりがぼくの発声を妨げた。ふいに溢れ出そうになる涙を必死に堪えた瞳で相手を睨み付け、ぼくはこう相手に命令を下した。
「……ぼくの、側にいろよ」
ぼくが君を許すまで。
張り詰めた沈黙が事務所を満たした。ぼくは動かなかった。御剣も動かなかった。二人を繋いでいるのは、御剣のコートの端を掴むぼくの手だけだった。どちらも動かず、どちらも譲らず。時間だけが過ぎていく。
しばらくして、ようやく根負けしたのか御剣が呟いた。
「了解した。───君の側にいると約束しよう」
御剣が戸惑いつつもそれを承諾した時に。
ぼくは逆転を起こしたのだった。ずっと脅迫されていた御剣を、逆に脅迫することによって。