罪には、罰を。
それは私が狩魔豪検事に初めて教わったことだった。情けを掛けずに、容赦なき糾弾を。師はもうすでにこの世にはいない。殺人を犯した罪を償うために死刑となったのだ。
───償う?
それは違うのだろう。狩魔豪は殺人を犯したことに対して、罪の意識は抱いていなかった。そのことは裁判にて検事を担当した私がよく知っている。あくまで利己的な犯罪に被害者は巻き込まれたのだ。それを踏まえて極刑である死刑を求刑したのは他でもない、私なのだから。
ひとたび罪を犯せばそれは一生消えない。では、どうすれば償うことができるのだろうか?
狩魔検事は優秀な検事ではあったが、私に教えてはくれなかった。罪の償い方を。彼自身、知らなかったのかもしれない。
私は、私なりに考えた。どう罪を償うのか。
2018年3月25日 成歩堂法律事務所
「もう二度と君には会わない。君の中で私は死んだとしてくれ。それが私の罪滅ぼしだ」
成歩堂は弾かれたように私を見た。だが、すぐにその目は逸らされてしまう。一年振りの法廷に立っている時、何度か視線を交わした。そのことに安堵していた私は現実に打ちのめされていた。
事務所で、二人きりになった途端。成歩堂は見るも明らかに私を怖がっていた。落ち着きなく会話を続ける。目を合わそうとしない。合ってもすぐに逸らしてしまう。
私がこの国を離れる直前に犯した罪が、二人の間に深い溝となって横たわっているのを感じずにはいられなかった。
DVDディスクを取り出し彼の目の前に置く。あの行為が盗撮されているそれに成歩堂は触れようともしなかった。私は早くこの場を離れた方がいいのだろう。怯えきった様子で俯く彼に、最後の言葉を。別離の宣言を。
しかし。寸前で私の唇は私を裏切った。
「……君は信じてくれないかもしれないが、私は君に惹かれていた。だが、君に避けられていたことを知り、あんなことをしてしまったのだ」
許して欲しいわけではない。許されるわけがないとわかっていたから。
しかし、これだけは知っていてほしかったのだ。あの時の言葉は嘘だったのだと。私は君が憎かったのではない。
成歩堂は何一つ言葉を発さずに私に背中を向けた。信じられないとその背中は言っていた。
「では、失礼する」
拒絶された背中へと声を掛ける。そうでもしないと何かを期待してしまいそうだった。名残惜しい気持ちを残し、その場を去ろうとした。
終わりだ。
これで、私と成歩堂は切れる。
もう彼が私を追い求めることはないだろう。せめてもと思い、本当に最後の言葉を掛ける。
「……成歩堂。どうか、元気でいてくれ」
好きだった。好きだったのに。
私はそれを自分で汚し、壊してしまった。
もう二度と触れられない。
それは悲しい衝動だった。触れることは許されていない。しかし、最後に。そんな切望に負け、私は手にしていたコートを彼の身体に掛けた。決して直接触れないように。
そして、後ろから抱き締める。
「すまない……好きだ。───さようなら」
呟いた身勝手な告白は、彼の耳に届いたのだろうか?届かなかったのだろう。成歩堂は何も言わなかった。届かない方がいい。この思いを一人抱えることが自分に与えられた罪なのだ。
告白を終えた私は身を引いた。深い悔恨とどうしようもできない現実にうな垂れ、その場から離れる。
そうして、私と成歩堂は切れた。