2018年3月22日 留置所 面会室
「やれやれ。……せっかくイイ子にしていてあげたのに。知らない方があなたも気持ちよく仕事ができる。……そう思ったのになぁ」
そう言って彼は整った眉を寄せる。夜遅くに訪ねたぼくたちを邪険に扱うこともなく、王都楼真吾は面会室に現れた。
殺人の罪に問われているのにも関わらず、彼はいつも特に動揺することもなくぼくの質問に答えていた。早くから気付くべきだったんだ。その不可解な態度と違和感に。
彼のそれは、自分の罪に無関心というよりは絶対的な自信があるからだ。自分は人を殺していない。自分は有罪ではないという。
「ぼくは……騙されていたのか?初めて会った時に君に聞いた。イサオさんを殺害したか……?君ははっきり答えた。誰も殺していないと」
問い掛けというよりは呆然と、言葉で記憶を追う。サイコ・ロックは見えなかった。彼の仕草、言葉、どれをとっても不審な点はない。だからぼくはこの弁護を引き受けたのだ。約束をしたのだ。必ず、助けると。
「ああ、あれ?俺、嘘なんてついていないぜ。だって、実際にやったのはあの殺し屋だ。俺は控え室で昼寝をしていただけだもんな」
剥き出しになった顔の傷跡を見せ付けるように王都楼は髪を片手でかき上げる。ショックのあまりろくに話せないぼくを見て、鼻で笑う。心底馬鹿にした表情で。
「俺が有罪になったら、大事なお友達が消えちまうんだって?というわけで、成歩堂弁護士サマ。明日もよろしくお願いしますよ。お互いの幸せのために」
2018年3月22日 留置所
虎狼死家と会話している中に、猫の鳴き声が混じったことで真宵ちゃんの居場所を突き止めたものの、短い間に逃げられてしまった。
彼女の残していった手紙を握り締める。
王都楼真吾を有罪に?そんなことできるわけがない。もし奴が有罪になれば、同時に真宵ちゃんの命が消える。
霧緒さんはぼくに真実を話してくれた。過去に起こったことの全てを。王都楼は最低の男だと言う彼女を否定できなかった。ぼくもそうだと思う。
「いつまでそうしているつもりだ」
人気のない廊下に足音が響き、傍らに止まる。ぼくは廊下に置かれているソファに腰掛け俯きつつも、相手が誰かを悟った。
真宵ちゃんが誘拐されていることを知り、王都楼の家までついてきてくれた。警察に連絡し虎狼死家の捜索をしてくれている。礼を言わなきゃいけないことはたくさんある。けれども、ぼくが受けた仕打ちを考えれば無言を返しても責められはしないだろう。
現に御剣は何も言わなかった。距離を開け壁に寄り掛かり、ぼくと同じ方向に顔を向ける。
意図が読めない。ちらりと視線を上げると、蛍光灯に照らされた横顔が視界に入る。一年以上、死人と思っていた男の横顔が。
あれだけ憎んでいたのに、御剣の存在を……生を喜ぶ自分が確かにいる。その矛盾が苦しかった。一年前に手ひどく犯され、告げる機会を失ったあの思いすら胸に蘇ってきて、そんな自分が女々しく情けなく思った。
自分の内に抱える醜い感情を全て相手への怒りへと変換し、ぼくは冷たく言い捨てた。
「……お前には関係ない」
「冥はまだ法廷に立てるほど回復していない。明日、君の相手をするのは私だ。私は、寝不足の弁護士を相手するつもりはない」
言い方はアレだけど、心配からそう言ってるのはぼくでもわかる。それを素直に受け取ることなんてできなかった。でも、顔も見たくない、帰れと言い返す気力も無かった。
今は春美ちゃんはここにはいない。だからぼくは俯き、搾り出すようにして呟く。
「もう、信じることに疲れた……」
信じて、馬鹿みたいに信じて。あっけなく裏切られるのは辛い。単純に悲しいのだ。
手紙を持ったままの両手を額に押し当てる。きつく目を閉じた。御剣を見たくなかった。
御剣は、ぼくを苦しめる。裏切られた記憶がどうしても消せないから。時間を掛け、あっけなく切られた虚しさをどうにかして怒りにシフトさせ、その存在自体を忘れようと努力してきた。
でも、それは全部徒労になってしまった。御剣が再び目の前に現れてから。
しばらくして御剣は口を開く。誰もいない暗闇に落としているのか、ぼくに真理を告げるのか、自らに言い聞かせるのか、わからない口調で。
「人は嘘をつく。それは、当然のことだ。見破ることはできない」
「だから、全ての被告人を有罪にしてきたんだろ?」
ふっと頬が緩んだ。その理不尽ともいえる言い分は以前にも聞いた。
「その通りだ。……以前の私ならば」
一旦肯定された後に否定され、ぼくは目を瞠る。思わず顔を上げ相手の顔を凝視してしまった。
「成歩堂。足を止めるな。諦めるな。君の作る道の先には必ず希望がある。……真宵くんは、必ず無事に君のもとへ帰る。そして、王都楼真吾にはしかるべき罰が必ず与えられるだろう。君にならばできるはずだ」
ぼくの視線から一歩も逃げずに、御剣は言う。そして最後にこう言い切った。
「私はそれを、信じている」