2018年3月21日 警察署内 刑事課
アイツの行動はぼくを深く傷付けた。
行動だけじゃない。言葉、存在。御剣の全てがぼくを絶望の淵に落としていった。
結局、必死になっていたのはぼく一人だけだったのだ。
自分でも愚かだと思う。散々ひどいことされて、ようやく気付いた。思えば、最初から御剣はぼくを親友なんかだとは思っていなかった。
あの夜。彼が巻き込まれていたDL6号事件を解決し、お互いに素直な心で向き合えた時に。やっと手に入れた、なんて思った自分が馬鹿だったんだ。
御剣が消えてから、一年。ぼくはずっとそう思っていた。
だから、今更。奴が目の前に現れたからってもう別に何ともないと思っていた。もう、御剣怜侍は死んだと思っていたのだから。
「私は負けなかった。……そう言いたいのか?」
でも、突然現れた御剣の姿を目にして、ぼくは。
「死んだはずじゃなかったのか?検事・御剣怜侍は……」
そう言うことしかできなかった。そうでもしなければ、心を堅く覆っていた何かが剥がれ落ちてしまいそうだった。
御剣はぼくの態度なんて最初から気にしていないようで、ぼくに二つの報告書の存在をちらつかす。そのまま背中を向けたい気持ちを真宵ちゃんのために抑えた。
依頼人・王都楼真吾の無罪判決のため、真宵ちゃんは誘拐されてしまったのだ。今、大事なのはぼくの心ではなく真宵ちゃんの命だ。
天野由利恵の遺書が隠されたという事実はぼくが初めて知るものだった。それと同時に、霧緒さんの後追い自殺が起こったことも。
もう一度、霧緒さんに会う必要があった。警察署を離れ、ホテルへと向かう。春美ちゃんと並んで電車に腰を掛けた。
「なるほどくん……」
今にも消えそうな呼び掛けに視線を下ろすと、春美ちゃんが不安げな表情でぼくを見上げていた。心許ない様子でぼくのスーツの袖を掴む、その小さな手を上から包み込む。
「真宵ちゃんは、大丈夫だよ。心配しないで」
安心させるために言ったのに、逆に春美ちゃんの大きな目は潤んでしまう。それでも唇をぎゅっと噛み締め、堪える姿にぼくの胸も痛んだ。薄い栗色の髪をゆっくりを撫でた。
「着いたら起こしてあげるから。すこし眠っていいよ」
真宵ちゃんが誘拐されてから、春美ちゃんは心配のあまりゆっくりと眠ることもできないらしい。昨日も遅くまで事務所の掃除をしてくれていた。
春美ちゃんは一瞬戸惑ったようだけど、小さく頷いたぼくに背中を押されたようでおずおずとぼくの膝の上に上半身を倒した。軽すぎる体重が何だか切なくて、髪を何度か撫でてあげるとすぐに寝息を立て始める。相当疲れているようだった。
膝の上に、小さな体温を感じる。あたたかみ。生きている、証。
手のひらに触れるそれに、心が、震えるのは。
目を閉じる。息を吐く。目を開く。そして、思う。
……生きてた。
御剣が、生きてた。
生きて、いたんだ。
自分でもよくわからずに、そのひとつの事実を胸の中で繰り返す。生きていた。死んでなかった。御剣は、生きている。死んで、いなかったんだ───
視界が意味もなくぼやけるのは、ぼくも疲れているからなのだろう。気を抜けば一気に崩れてしまいそうで、ぼくは目に力を入れて電車の外の景色を追っていた。
まだ足を止めることはできない。