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2017年3月6日 成歩堂法律事務所




 息が苦しい。逃げたいのに逃げられない。
 涙が滲むほどに苦しいセックスは、いつまで続くのだろう。最初の内は苦痛の中にも快楽を探そうと何とか受け止めていたけれど、優しさも労りのひとつすら感じられない乱暴な行為に心はすっかり擦り切れてしまっていた。一人の夜に、あんなにも御剣を求めていたこともあったのに。今のぼくから流れ落ちるのは、なぜだかよくわからない涙だけだった。声は奪われている。抵抗する自由も。
 御剣の上に乗った状態で犯される衝撃は、腰骨にまで響く。激しい突き立てに喘ぐことすらできなかった。露になっているうなじに唇が当てられる。強弱をつけて吸われ、その刺激に結合している部分が疼いた。声を漏らそうとしたのにそれは口を塞ぐ白い布に吸い込まれていく。
 言葉などもう聞く必要がないと。
 御剣は言った。そしてぼくの身体を倒し、犯した。
 ぼくは、自分の言葉がタイミングを失ったことに遅れて気が付いたのだ。あの時ぼくは、御剣にこう言いたかった。
 違うんだ、御剣。ぼくは、君が……大事すぎたから。大事すぎて、自分の抱える醜い欲望にもう一度触れさせることはできなくて。君を、避けていたんだ。
 結果的に御剣は、ぼくが彼と、彼がした行為を許せずに避けていたという誤解をしてしまった。それは違うと訂正しなければならない。そうすれば、この胸に抱えている思いを彼に伝えることとなるだろう。
 そうすることで軽蔑され、彼がぼくから距離を置いても。仕方のないことだと思った。それよりも、御剣に誤解を与えてしまったことの方が耐えれない。
 だからぼくは、御剣のひどい仕打ちにただひたすら耐え、弁解できる時間が来るのを待っていた。中で出されるのには抵抗があったし、繋がる部分を凝視されるのも嫌だったけれど。声を失い拘束された状態で犯されながらも、その時をずっと待っていた。
───!」
 体内でまた新たな温もりを感じた。中で出されたのだろう。じわじわと中から汚されていく感覚に耐え切れず、首を振った。そんなことをしても逃れることは決してできないのに。
 御剣の手が離れ、ぼくの身体は床に横たわる。縛られたままの手首が痛い。身体のどこも悲鳴を上げていた。床の上で強く何度も揺り動かされているのだ。無理もなかった。痛みに眉を寄せるよりも先に、御剣がぼくの両足を取った。反射的に怯えて縮こまる身体をまた無理に開き、挿入させる。硬度はそれほどない気もしたけれど、異物感に汗が噴出す。
「ん、ん、ぅ、んっ」
 抉るように突かれて声が揺れた。 御剣はぼくの下半身で揺れる萎えた性器を一瞥しただけで、何もしてこなかった。ただ腰を動かすだけ。
 こうして犯されるのは初めてのような気がする。いつもならば御剣は揺れながらぼくのそれを触り、扱き、射精させていた。ぼくが望むも望まざるも関係などなく。 裏切られたという見当違いな喪失感が胸を押す。
 ぼくを壊さんとする勢いで律動を繰り返していた御剣の身体が、一瞬で静止した。体内で液体が溢れるのがわかった。ぶるりとした寒気を伴って、ようやくそれが引き抜かれる。口に捻りこまれていた布も抜かれた。酸素を取り込むために大きく息を吸い込んだ。
 ぼくはぼんやりとした視界の中の御剣を追っていた。御剣は自分だけ先に衣服を整え、ぼくの両手を縛っていたネクタイを解いた。無理に曲げられた身体も痛いし、腕も痺れているようでうまく動かせない。ぼくはそのまま床に横たわる。
 御剣はぼくの横に跪いた。その顔には後悔のような痛みが刻まれている。
 行為の後はいつも、御剣はこんな顔でぼくを見ていた。それがぼくの怒りを和らげていた。どうしても憎み切れなかった。その顔が、自分で自分を痛めつけるように見えたから。
 ぼくはその顔を見つめならがしばらく待っていた。痛みしか残らないこのセックスを、御剣は後悔している。そう思ったから。御剣は、最後には謝ってくれるのだ。すまない、成歩堂。私は君を傷付けるつもりはないのだ。
 頬に触れてくる御剣の指は、やっぱり優しかった。すでに乾いている涙の線を拭う。
 成歩堂、とついに呼ばれた。御剣、と呼び返す。でも先程まで塞がれていた影響かきちんとした声は出なかった。
「消えてくれ」
 柔肌を切り裂くように残酷な一言が投げ付けられる。
「私は、君が……嫌いだ。憎い。もう二度と顔を見たくない」
 ぼくは何も言えずに瞬きを一度した。その時、自分の顔を横切る何かに気付く。
 涙が。涙が溢れて目の端を濡らし頬を伝ってていく。泣き顔を見られるなんて恥ずかしいし、みっともないと思った。でも止まらなかった。意識と関係なく次々と新しい水滴がぼろぼろと零れ落ちていった。心ではその言葉を受け取ろうとしないのに、身体が先にそれを取り込んで理解して涙を流す。
 絶対に知りたくなかった現実を。
 上下に揺れる喉が吐き出すのは嗚咽で潰れた息と声にならない声。言うことが叶わなかった言葉をぼくは、心の中でだけで呟く。
 御剣。ぼくは。
 ぼくは、君が……好きなんだ。





 御剣が消えたという知らせを聞いたのは、そのすぐ後だった。





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