2016年12月28日 地方裁判所 被告人第2控え室
私は人々に囲まれていた。真宵くん、糸鋸刑事、そして成歩堂。混乱する二人が気遣わしげに私を見る中、成歩堂だけは冷静だった。思わず声を掛ける。
「本当に、すまない。成歩堂……君の努力を無駄にしてしまって」
成歩堂は法廷記録に視線を落とした状態で私の謝罪を聞いた。視線すらくれない。
ついに私は彼に見捨てられたのだ。
差し出される手を疎み、自ら遠ざけるような行動をしてきたのに───今その時を迎え、私は愕然とした。それを望んでいたのに、望んでいたことをようやく実現させたのに、それを悲しむ自分の身勝手さに愕然としたのだ。
落ちていく。このまま一人で、どこまでも。それが私に課せられた罰なのだろう。望んでいた断罪はこんなにも恐ろしいものなのか。これから己の先に広がる途方もない暗闇に戦慄を覚える。
「御剣検事……自分には、まだ信じられないッス」
「……私だって、信じたくないさ!しかし……事実だ。私は、罰を受けなければならない。いかなる理由があっても、殺人は……殺人なのだ」
糸鋸刑事の言葉に声を被せ、感情のままに叫んだ。事実を、正しい事を口にしているだけなのに声が重い。私は俯くしかなかった。糸鋸刑事は顔を歪める。検事になったばかりの頃に出会い私を慕い続けてくれていた刑事を、私はその時からすでに裏切っていたのだ。
私の言葉を最後に沈黙が流れる。誰もが言葉を失っていた。希望を失っていた。紙がめくれる乾いた音だけが控え室に響いていた。
それに気付いた真宵くんが声を発した。私も糸鋸刑事もつられて視線を向ける。
成歩堂が一人、手にしたファイルをめくっていた。いくつかの証拠品をファイルから取り出していく。
「……?なるほどくん、何してるの……?」
「ん?ああ。法廷記録の内容を、もう一度チェックしてるんだよ。これから、証明しなければならないからね」
真宵くんの問い掛けに成歩堂は顔を上げ、あっさりと答えた。私は目を瞠り、真宵くんは戸惑いがちに首を傾げる。
「証明するって……何を?」
「決まってるだろ。御剣怜侍の無実だよ」
角度のついた眉を上げ、唇の端を持ち上げて。成歩堂はそう言い切った。
言葉を失った私と真宵くんの代わりに糸鋸刑事が声を張り上げて成歩堂に詰め寄った。
「な……何を言ってるッス!御剣検事は、認めてるッスよ!その……自分の、罪を……」
最後まで言わさないというように、パタンと大きく音を立てて成歩堂はファイルを閉じた。そして、糸鋸刑事ではなく呆然と立ち尽くす私に向き合った。
「悪いけど、御剣。ぼくは信じてないんだ。お前の悪夢なんて。……言っただろう?昨日」
その言葉に更に目を見開いた。成歩堂の主張は少しも変わっていなかったのだ。昨日の夜。彼と対面した時から。それから、まるで諍いの延長のようにして無理矢理抱いた後も。
目が覚めた後の現実にまで追いかけてくる悪夢。終わりの見えない恐怖。私は彼にそれを与えたはずだった。彼の尊厳を踏みにじる数々の行為によって。だがそれを、彼はものともしていないのか。いまだに私を救おうと動くのか。恐怖に怯えて悪夢から逃げることもせず、それを私を信じることへの糧に変えるというのか?
そんな馬鹿な。そんな馬鹿なことが起こるはずがない。そう思うのに私は自分の考えを改めようとしていた。彼の瞳は驚くほどに輝き、嘘はひとつも見えないのだ。
「悪夢は所詮、悪夢だよ。……現実じゃない。現実に起こったことは、この法廷記録が知っている」
成歩堂は私から逃げずにそう言葉を続ける。
「とにかく。本当の勝負はこれからさ。ぼくには証明できるはずだ。……君の、無実をね」