2016年12月27日 星影法律事務所
勢いよく事務所を訪れたぼくたちを星影先生は驚いて出迎えた。ぼくは御剣から聞いたことを彼に説明した。
『この十五年間、毎日のように同じ夢を見る。その度に私は、恐怖に跳ね起きるのだ』
『そう思って、十五年間、生きてきた。しかし……これが現実だったとしたら……?』
『人は、自分の精神を守るため、記憶を閉ざすことがあるという。父親の命を奪ったのは、他ならぬ、私かもしれない!』
『親父を撃ったのは……DL6号事件の真犯人は……この……私……!』
御剣はぼくたちを一度も見ようとはしなかった。ただ、自分の中に毎夜現れる夢の世界だけを見つめて。喉を掻き毟るようにして告白をした。
深く深く刻まれた眉間のしわとその切羽詰った様子に、ぼくはそれはただの夢だと一笑することはできなかった。
全てを話し終った後。ぼくは縋るようにして星影先生の言葉を待っていた。当時をよく知る人物ならば、きっと言ってくれるだろう。そんなことは有り得ないのだと。そうはっきり言ってくれる事を期待して。
でも、星影先生は渋い顔で俯いている。もう一度夢なんですよ、と念押しした真宵ちゃんに悲しげな目を向ける。
「それならば何故、チミたちはそんなに慌てておるのかね?」
そう問われた真宵ちゃんは息を飲んだ。星影先生は彼女が反論するのをしばらく待っていたけど、何も言い返せないのを察して自分から重い口を開いた。
「……おそらく。夢ではあるまい。現実だったのぢゃよ。チミたちの想像どおり、な。御剣怜侍は、父親を助けるためにピストルを投げつけ……そのピストルが……暴発したんぢゃ」
その言葉にぼくたちは絶句した。
御剣が───父親を殺した?あんなにも慕っていた父親を。その手で撃ち殺してしまったのだというのだろうか。
仮にそれが事実だったとしたら。ボート小屋で見つけた指示書の内容も、灰根が生倉を殺害しその罪を御剣に被せようとしたもの……全てが真っ直ぐに繋がる。
これでこの事件の謎がすべて解ける。それはぼくが望んでいたことだった。でも、こんな事実は望んでいなかった。
「なるほどくん、どうしよう。狩魔検事、きっとDL6号事件のこと持ち出してくるよ。御剣検事……もしかしたら……罪を、認めちゃうかも」
「そんなことはさせない!」
思わず大きな声がでた。真宵ちゃんがその声にびくりと肩を揺らした。そのやり取りをじっと見守っていた星影先生が静かに口を開く。
「成歩堂くん。残酷な話かもしれんが……たとえ過失でも、殺人は殺人ぢゃよ?」
殺人という言葉が頭の中に無数に浮かび、ぐらぐらと揺らした。
有罪を手に入れるためならば何でも行う、鬼と呼ばれる検事。非情な行動でぼくを何度も侮辱する。
それは、彼が父親の命を奪ってしまったから。過失とはいえ、投げた銃が父親の心臓を打ち抜いてしまったから。その罪を十五年間、隠蔽していたから。だから、御剣は他人を自分を憎み傷付ける。
君以上に、自分が憎い。憎くて憎くて……
そう言っていたのを聞いたのは夢だったのか。混乱している頭の中でいつかの御剣の言葉が無数に響く。それを全部振り切るようにぼくは叫んだ。
「わかってますよ!」
言い返す声が震えた。それは憤りのためなのか感情の昂りのせいなのか。自分でもわからなかった。
駄目だそんなのは。認められない。
何かひとつでも罪を作ってしまえば御剣はそこから抜け出せなくなる。そんなのは駄目だ。
負の連鎖を断ち切るのは───ぼくだ。ぼくしかいない。
誰もが御剣のやったことだと思っている。星影先生も、真宵ちゃんも。そして御剣自身も。
でもぼくはそう思わない。何故なら、ぼくは。
「ただ、ぼくはまだ、信じているんです!御剣を。あいつが、殺人なんて……!」
理由も根拠もなかった。ぼくにあるのはただ、御剣がぼくを救ってくれたという過去。接してくれた短い時間の中、ぼくが感じた彼の人柄。それくらいしかない。
でもここで背を向けてしまったら、御剣はもう闇に落ちてしまい戻ってこれない。誰の手も差し伸べられずに。孤独という深い悲しみの中に。
「自分で認めちゃっているんだよ?それに、お父さんも御剣検事を守るために、嘘を……」
思わぬ形で事件に関わっていた真宵ちゃんが泣き出しそうな瞳でぼくを見上げた。その視線が写真の中の女性を思い出させた。彼女は御剣の父親を霊媒し、全てを知る御剣信は息子を庇うために、彼女の口を借りて嘘の供述を───
「それでも!」
ぶるぶると首を横に振る。
「それでも、あいつは無実なんだ!」