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 四十年間無敗という狩魔豪検事。犯行時の写真という決定的とも思われた証拠品。全てが御剣の有罪を示していた。ぼくができる事は、細かく証言を揺さぶりそれらをひとつひとつ潰していくことだった。
 真宵ちゃんの決死の発言でなんとか有罪は免れた。今にも切れてしまいそうな、限りなく細い糸の上を渡っている感覚だった。でも、どんなに細くても道は繋がっている。ぼくは諦めることなく天才と呼ばれる検事に何度も食い下がった。裁判自体は情けないくらいに終始押され気味ではあったけれど。
 その後も新たな証言者であるボート小屋の管理人が現れたり矢張が飛び入りで証言したりと、どうもこの裁判は一筋縄ではいかないようだった。でも、トラブルメーカーである矢張のおかげかぼくはついに御剣が犯人ではないという推理を法廷に持ち出すことが出来たのだ。思いつきで発言したとはいえ、ぼくの推理はかなり的をいていたらしい。真犯人としてボート小屋の管理人が浮上した。
 御剣の無罪という目的に、ようやく光明が差した。そう思っていた。でも。
 最後の最後に。
 御剣の告白によって、裁判はこれ以上ない逆転をすることとなった。

『私の……悪夢の話だ。私が犯した罪の記憶。殺人の……記憶だ』



2016年12月27日 成歩堂法律事務所





「御剣検事……何で、あんなことを……?まさか、誰かを……?」
 真宵ちゃんは口に手を当てたまま沈黙してしまう。ぼくはその言葉に大きく首を振る。
「そんなこと、あるわけがないよ。確かにあいつは今、何かの記憶に苦しんでいるけど……誰かの命を奪うなんてあり得ない!」
 そう言ったぼくを見上げる真宵ちゃんの表情は不安に染まっていた。言い切ったぼくも多分似たような顔をしてしまっているだろう。
 あり得ない。そう思うのにあの時の御剣の顔を思い出せばその言葉は言えなくなってしまう。どういうことかとすぐにでも問い詰めたかったけれど、御剣のその思い詰めた様子とただ事ではない雰囲気に押され、ぼくたちはそれ以上を聞けなかった。
 わからなかった。
 DL6号事件のことを知ってからは、父親の悲惨な死が今の検事・御剣怜侍の冷徹さに繋がったと考えていた。でも、それだけではないようだった。
 ───御剣を更に絶望へと陥れた事実がまだ隠されている。
 裁判よりも先の見えない、不確かなものに対する漠然とした不安がぼくたち二人を包む。
 それに飲まれてしまう前に突然扉が勢いよく開いた。驚いて振り返ると、そこにいたのは明るい色のジャケットを着たひょろ長い体形の男。状況が読めずに瞬きしかできないぼくたちを尻目に、矢張は誇らしげにぐっと親指を立てる。
「よお!元気かねショクン!どうよ?どうよ?今日のオレサマの証言ぶり!」
 感想を求められた真宵ちゃんが気圧されながらも誉めると矢張はますます調子に乗ってしまった。嬉しげにぼくにまで迫ってきた矢張を適当にあしらう。
 小学生の時からの付き合いだけど、このマイペースにはある意味尊敬する。一風変わった性格である真宵ちゃんや、あの狩魔検事すら巻き込んでしまったのだ。
 散々自分の証言を自分で誉めちぎった後。矢張は急に真顔になった。
「でもよ、成歩堂。確かに、ボート小屋の管理人もアヤシイけどさあ。御剣のウタガイだって、まだ晴れたワケじゃねえんだぜ。客席で聞いているとよお。こう言っちゃナンだけど、御剣だってけっこうアヤシイ感じがするぜ……お前、なんでそこまでアイツのこと、信じられるんだ?」
 矢張からの質問にぼくは一度目を伏せる。
「ぼくは……たとえ何があっても、何が起こっても……お前たち二人の事だけは信じ抜くつもりなんだよ」
 それは、あの時から。大人になって弁護士となった今でもずっと。自分に誓ったこと。
 有罪。有罪。
 子供たちの声が脳裏に浮かぶ。怒りと憎しみを隠しもせず、ただ相手を詰る幼い声。あんなにも昔のことなのに。それは今でもはっきりと自分の中に存在している。
「なるほどくん。どうしてそんなに御剣検事にこだわるの?」
 真宵ちゃんが黒い瞳でじっとぼくを見上げていた。
 矢張の裁判の後に約束をした。千尋さんに話すはずだった思い出。きっと、彼女もどこかで聞いてくれているはずだろう。
 ぼくは溜息をつく。長年、この胸に抱えてきた目標や決意を他人に話すのは初めてのことだった。弁護士となり矢張を救い、御剣を救っている今。もう一度、自分の口であの時のことを語るのにはいい機会かもしれない。
「少し長くなるかもしれないけど、聞いてもらおうかな……あれは、そう。小学四年生の夏。ぼくは、学級裁判にかけられたんだ」
 多分、あの時のことをここまで鮮明に覚えているのはぼくだけだ。それほどまでに自分が落ちた孤独の闇は深く、恐ろしかった。
 ぼくの言葉によりその小さな裁判は甦った。教室という閉塞した場所で起こったこと。少し前まで一緒に遊んでいた友達たちが一斉に背を向ける。真ん中に立たされ、全ての方向から睨み付けられる。そこから逃げ出すこともできずに、九歳のぼくは悔しさと悲しさを涙に変えてひとり立ち尽くしていた。
 いつもいた場所が一転して恐怖の場へと変わってしまった。怖くて怖くて、何よりも悲しくて悲しくて。胸が潰れてしまいそうで、苦しくてやってもいない罪を認めようと被害にあったクラスメイトの前に行った。
『異議あり!その必要はない!』
 そこで、庇われたことがどんなに嬉しかったのか。その言葉と行動にどれだけの勇気をもらったのか。
『君じゃないのだろう?ぼくの封筒を盗んだのは』
 問い掛けられたことに嗚咽を堪えながら頷くのが精一杯だった。否定の言葉すらもう作り出せない。噛み締めた唇で呟く。……ぼくじゃない。ぼくじゃない!
『それならば堂々としたまえ。これだけ話し合ったのに君がやったという証拠はない。ということは、裁判長!この少年は、ムザイだ!』
 そんな、言葉にならない声を。ちゃんと拾い上げすんなりと信じてくれたのが御剣だった。御剣と、矢張しかいなかった。
「ぼくを信じてくれた御剣を、ぼくは信じている。あいつは苦しんでいる。そして味方がいない。力になれるのは、本当のあいつを知っているぼくだけだ」
 自分の口で過去を語ったことにより、ぼくはもう一度気持ちを固めることとなった。
 御剣が苦しんでいる理由。何かを憎んでいる理由。
 その正体が一体なんなのか想像もつかない。けど、それがわかったら全部が解決すると思っていた。
「なるほどくん!必ず助けようね、御剣検事」
 真宵ちゃんに頷きながらぼくは新たな決意を固めた。
 その後訪れた留置所で、ぼくたちはついに御剣の苦悩と対面することとなった。でもそれが、悪夢という現実ではないものだなんて、思ってもいなかった。






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