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2016年12月25日 留置所 面会室




 扉を開くともうすでに御剣が透明の壁の向こうで待っていた。
 思わず目を細める。
 ああ、この男は。
 こんなにも弱い表情をしていたのか。今にも泣き出しそうな、罪悪感しかない表情。最初に訪れた時には気が付けなかった。この壁越しにひどい言葉をぼくに投げ付けてきた時だって、その非情な言葉だけに意識を引きずられ、彼の表情や精神状態にまで見ることが出来なかったのだ、ぼくは。それが彼の意図していたことだったのか。
 どんなにきつい言葉を使い冷徹な行動を取ったとしても。それはただ、弱い自分を悟られまいとする虚栄のものだったのかもしれない。DL6号事件を知った、今ならばわかる。
「……何だ。あれだけ嫌味を言ったのに、また来たのか……」
 取調べをする方はともかくされる側には全く慣れていないせいか、憔悴しきった御剣は微笑む。それはもはや皮肉のものでも何でもなかった。自分を取り繕うことすら出来なくなっている御剣に、ぼくは弁護士の事を聞いた。相変わらず決まっていないらしい。
「頼むから、私のことには構わないでくれ。いい加減、わかってほしい。強がりや、君を見下しているわけではないんだ」
 ぼくにはわかった。その言葉が嘘ではないことを。
 だからこそぼくはそこで引き下がることが出来なくなった。ぼくは何一つ知らない。御剣が何も言わずに転校していった事も。亡くなった父親とは反対の検事という職業に就いた事も。同じ法廷に立ったことで感じ取った、犯罪を激しく憎む理由も。
 そして。ぼくを抱く御剣の真意も。
 やっと掴み掛けたと思った。御剣の闇に、指が掛かったのだと。
 無言で法廷記録から一枚の写真を取り出す。小さなそこには優しい瞳をした女性が映っている。千尋さんのように慈悲深く。真宵ちゃんのようにひたむきさを持った瞳の女性。
 御剣は伏せ目がちだった目を急激に見開いた。とても短い時間に、御剣の小さな目が逡巡する。まるで独り言のように呟く。
「君が訪れてからたかだか数時間……それなのにもう、そこまで辿り着いてしまったのか……流石だよ。……成歩堂龍一」
 そこで御剣は顔をこちらに向ける。
「昔からそうだ。君は、一度決めたことは必ず、やりとげる男だったな」
 昔。簡単な言葉にぼくは目を見開く。
 あんなにも頑なに過去など忘れたと言っていた御剣が、ついに真実を口にしたのだ。
 御剣はゆっくりと、時々言葉を詰まらせながら。過去を振り返る。ぼくと同じ時間を過ごし、確かに関わっていた頃の過去を。そこで彼の身を襲った不幸な事件。
 DL6号事件の真犯人として霊媒で浮上した人物を弁護したのが、今回の事件の被害者だった。
「御剣……お前、撃ったのか?」
 そう問い掛けると御剣はぴくりと細い眉を反応させる。目を逸らさずに、こちらを見つめたまま。逆に問い掛けてきた。
「君はどう思う?成歩堂」
「お前は、誰かに銃を向けられる男じゃないよ」
 間髪を入れずに返した。でも、御剣は何故かぼくの言葉に目を伏せた。
「撃ってませんよね?」
 答えない御剣に真宵ちゃんがもう一度確認する。御剣は、今度は首を縦に振った。嘘はついていない、という風に。
「ああ。……私じゃない」
 否定の言葉にほっとした。やっと御剣が犯罪を否定したのだ。それだけで、朝からかなりの時間が経ってしまっていた。
 御剣はその言葉の後も何故か口を閉じずに何かを言いよどんでいるようだった。しばらくして、ぼくの名前を呼ぶ。
「成歩堂……今さらこんなことを頼むのも、あつかましいが」
「わかった!ベンゴですね!」
 今にも途切れてしまいそうな言葉尻を真宵ちゃんがすかさず拾う。
「お願いできるだろうか」
 几帳面な御剣のお願いにぼくは大きく頷く。断る理由なんてなかった。むしろ、ここでまた断られたら逆にこちらが途方に暮れるところだった。
 ふと俯いた御剣の、頬を見て。幼い頃の記憶がぴたりと重なる。今まで何度も見てきたそれがようやく自分の思い描いていたものと重なった。気付いたら、こう呟いていた。
「これでやっと、借りを返せるな……御剣」
 その呟きに御剣は大きく眉を寄せる。
「……?何のことだ?覚えがないぞ」
「いいんだよ、それでも」
 ぼくが弁護士を目指していた目的をやっと果たせるかもしれないという事実にぼくは興奮していた。
 真宵ちゃんと共に面会を終わらせようと立ち上がったその時に。あるアクシデントがぼくたちの身に降りかかった。
 不気味な音と共に地面が揺れ始めたのだ。
「じ……地震だよ!なるほどくん!」
 狼狽する彼女の肩を支えてやりながら、ぼくは無意味に天井を見上げた。いつも揺らぐことのない世界が震える。それだけで大きな恐怖と混乱が頭を占める。
「お……大きいよ……!」
 どんなに恐怖におののいても自然には逆らえない。ぼくたちは揺れの中で、恐ろしく時の流れの遅い数分間を味わった。
 次第に揺れは静まっていき、それと共に気持ちも落ち着きを取り戻すことができた。確認のつもりで真宵ちゃんを見ると、丸い目を更に丸くしていた。びっくりはしたけれど大丈夫らしい。
 次に、視線をもう一人の人物に移す。でもそこには何も映らなかった。
「あれ?御剣は?」
 もう戻ってしまったのだろうか。真宵ちゃんが透明の壁に両手の手のひらをつき、中を覗き込む。
「……いた。床にうずくまって震えてるよ。キライなのかな、地震」
 図体もでかく態度もでかい御剣が情けなく床に崩れ落ちてるのを見て、真宵ちゃんは先程の地震が起こったことよりも驚いたようで、ぱちぱちと瞬きをしながらぼくを見上げる。ぼくは首を振って赤い背中が丸まっているのを見つめた。
 地震が得意なんて人はいないだろうけど。ここまで怯える人も珍しい気がする。御剣が地震が苦手だなんて初めて知った。
 手を差し出そうにも壁に阻まれていてそれも叶わない。ぼくたちは恐怖に震えている御剣に何も出来ないまま、留置所を後にした。






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