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2016年12月25日 警察署内 刑事課




 警察署内を真宵ちゃんときょろきょろと見渡していると、見知った顔が会議室から出てきた。彼を筆頭に、ぞろぞろと連なって出てくる刑事たちの表情は浮かない。糸鋸刑事はぼくたちに気が付くと目の前にまでやって来る。そして、大儀そうに溜息をついた。
「捜査会議が終わったッス……やれやれッス」
 被害者の身元も未だわからず御剣は黙秘を続けている。糸鋸刑事は苦々しい表情で呟いた。
「……自分は……自分はもう何を信じていいかわからねッス」
 思わずどきりとする。それは自分も常に思っていたことだった。性行為の強要。脅迫。そして、殺人。次から次へと起こる事に自分もまた思ったことがあったのだ。
 糸鋸刑事は一人煩悶するとやがて考えることを放棄したのか、ぼくを縋るような目で見る。
「とにかく、お願いするッス!どうか、御剣検事を見捨てないでほしいッス!あの人には今、味方が必要ッス!」
 糸鋸刑事の言葉に過去がフラッシュバックした。笑顔でいてくれた周りの人たちが一切に背を向ける。そんな、無慈悲な体験を自分も幼い頃に経験したことがあったからだ。
 御剣が今その闇の中にいる。自ら好んでそこにいるのか、周囲によって放り込まれてしまったのか。それはまだわからない。わからないけれど、その状況が苦しくないはずがない。悲しくないはずがない。
「何も話してくれないのはきっと理由があるハズッス!御剣検事は、信頼できる人物ッス!それだけは、この糸鋸 圭介、 誓って言えるッス!」
 必死に訴えかける糸鋸刑事にはっとする。そうだ、御剣の行動がどんなにも非情だったとしても。あの時の御剣に嘘はなかったはずだ。ぼくの周囲から孤独という闇を払拭してくれた御剣には。
 そう考えたらいてもたってもいられなくなった。
 立ち止まっていることすら無駄に思えて、ぼくは口を開く。
「そういえば……解剖記録、どうなりました?」
「ああ。それッス。コピーしといたッス」







 その時、受け取った解剖記録をきっかけに。次々に新たな事実が判明していった。
 星影先生。生倉雪夫。綾里舞子。DL6号事件。被害者は、御剣の父親。
 過去の事件が現在と絡まりあってはっきりと蘇っていくのを、ぼくは目の当たりにした。
 一枚一枚、皮を剥いでいくように。御剣の過去が明かされていく。どうしても解けなかった疑問たちがようやく目の前に並び、重なり合い、そして次第に溶けていく。
 九歳の時、いきなり姿を消した御剣と。新聞の中、悪い噂を書きたてられる検事・御剣怜侍が。
 おぼろげながらも線で繋がっていく気がした。


「も、もしかして……それ。あたしのお母さんが?」
「そうぢゃ。霊媒師・綾里舞子が被害者の霊媒を行い、そして……失敗した事件ぢゃ」
 過去を知る星影先生は悲しげに目を伏せる。真宵ちゃんと千尋さんまでこの事件に間接的だけど関わっていたことになる。驚くべき因縁にこの場にいた誰もが口を閉ざしてしまった。重苦しい沈黙の中、星影先生は書棚に詰め込まれた中から一冊のファイルを取り出す。ずらりと並ぶそれは多分、法廷記録だろう。全く迷いのない仕草で一冊を抜き取った様子を見ると、彼はその事件の記録がどこに置かれているのかを日ごろから知っていたようだった。
 それほどまでに記憶に残る事件だったのだろうか。
 ぱらぱらとファイルをめくっていた星影先生の手がふいに止まる。そして、一枚の写真を取り出した。ぼくたちに向き合い、ついに重い沈黙を破る。
「詳しいことは、本人の口から聞きたまえ。これを見せるんぢゃ。……きっと態度が変わるぢゃろ」
 受け取った写真を真宵ちゃんは覗き込み、その大きな目を緩める。懐かしさなのか切なさなのか悲しさなのか。ぼくには、彼女がその記憶のない母親に対して抱える感情の判断がつかなかった。
 真宵ちゃんは写真の中の彼女と見つめ合いながら静かな声で呟く。
「これは……お母さんの写真だ」
 綾里舞子の写真を法廷記録に挟んだ。






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