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2016年12月20日 地方裁判所 第1法廷




「では、御剣検事。論告求刑をお願いします」
 指名を受けた男が静かに席を立つ。法廷中の視線が彼に集まった。ぼくもまた同じように視線を向けようとした。けれども自分の中にある迷いや恐怖が行動を鈍らせ、少しだけ遅れてしまう。ぼくがためらいながらも視線を御剣に固定した時にはもう、彼は口を開いていた。
「本件公訴事実は、当公判廷において……」
 御剣はまるで作り物のように、顔色ひとつ変えずに淡々と読み上げる。ぼくはその冷ややかさに思わず眉をひそめた。
 御剣は相変わらずぼくを訪れ、ひどい言葉を投げ付けひどい事をしていく。繰り返される陵辱に、最初は恐怖と混乱だけがあった。今もなおそれらは感じているけれど、それ以上に自分の中に溢れてきたのはひとつの疑問だった。
 なぜ、御剣はこんなことをするのか。
 御剣が何を考えているのか、数回身体を繋げた今でもわからなかった。自分が憎いというのならば事務所になんて来なければいいのに。弱みを握り、わざわざ来てあんなことをして───
 わからないのは自分の身体でもあった。嫌なのに、最後には御剣の手によって達している自分がいる。身体の器官を好きに弄られ、抗いきれない衝動にいつも涙を堪えるしかなかった。まるで自分が自分でなくなってしまうようだった。
 思い出しただけであの時の凶暴なまでの刺激が身体に甦った。ぶるりと震えそうになるのを必死で押さえた。拳を思い切り握る。手のひらに食い込む鋭い痛みも感じないほどに。
 あれはただの暴力なんだ。自分は何一つ損なわれていない。ただ身体に激しい嵐が通り過ぎていっているだけで。心は、ひとつも揺らいでいない。
 ぶるぶると首を振る。そうだ、揺らいでなんかいない。
 自分自身に言い聞かせ、法廷に立つ御剣を見つめた。
 あの行動には意味がある。理由がある。そう思ったぼくは御剣の法廷を傍聴しに来ていた。相手弁護士として検事の御剣を見たことはあるけれど、こうして傍聴するのは初めてだ。一度客観的に法廷を見てみれば何かがわかるのかもしれない。
(何かって、なんだろう……)
 自分で自分の必死さが可笑しく思えた。
 ───君が追い求めているのは、何なのだ?
 御剣にそう問われた時に答えられなかったのは、もちろん答える状況になかったのが一番の原因だけれど。自分でもよくわからないというのが本音だった。
 慣れない行為に身体は軋み、終わった後はいつも相手が憎くて憎くて堪らなくなるのに。少し経てばぼくは御剣を振り返ってしまう。自分から、手を伸ばしてしまう。以前見た夢のように。
 御剣がぼくを訪れなかったとしても、多分ぼくは御剣に自ら会いにいくのだろう。どうなるかを知っていても。
 馬鹿みたいだ。
 自嘲に唇が歪む。自分でも、何でなのかなんてわからないけれど。
 心が叫ぶ。幼いぼくが、泣くのだ。
 御剣はそんなことは絶対しない。御剣は何かに苦しんでいるのだ、と。
 ぼくは御剣のためにここまで来たんだ。今まで何度も無視されても諦めなかった。たとえ何をされても、このまま引き下がることはできない。
 迷いを振り切るようにさっきよりも更に強く首を振った。
「……被害者は約一ヶ月間の通院を余儀なくされ肉体的な被害は決して軽くない。処罰感情は厳しいが、至極当然である」
 御剣の流れるような求刑は今も続いている。
 しんと静まり返った法廷に、傍聴人も息を詰めてそれを見守っている。御剣の求刑も圧倒されるものだったけれど、それ以上に胸を押さえてくるのは御剣から発せられる怒りの感情だった。
 その感情がただ一心に注がれる人物は被告人だった。被告人は唇までもを青くし、己に科されるだろう刑を待っている。弁護士までも萎縮した様子で彼の求刑に聞き入っていた。
「被告人の主張する動機は一方的かつ短絡的なもので,酌量の余地はない。以上諸般の事情を考慮し、相当法条適用の上、被告人を懲役十年に処するのを相当と思料する。……以上だ」
 法廷がざわめく。ぼくもまた息を飲んだ。御剣の求刑は通常よりもはるかに重いものだったのだ。
「弁護人、最終弁論をお願いします」
 裁判長の落ち着いた声が弁護士を促す。白髪雑じりの弁護士は書類を手に立ち上がり、つっかえながらも反論するも裁判長の心象を変化させるまでには及ばないようだった。
 カン、と振り下ろされた木槌が法廷に静かに響く。
 その後、被告人には有罪判決が下された。懲役は五年。妥当な判決だった。






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