2016年10月10日 成歩堂法律事務所
女性弁護士殺人事件の裁判から数日後。私はその殺人事件の現場となった場所にいた。今では被害者ではなく、後を引き継いだ新人弁護士の名が扉に掲げられている。
その扉を押し中に入ると音を聞きつけた弁護士が奥から現れた。私の姿を見、驚きに目を丸くする。
「御剣……?」
その声でそう呼ばれるのは何年振りの事なのだろうか。
いや、あの頃はまだ声変わりなどしていなかった。大人に成長した自分が、同じく成長した相手を見るのも初めてのことなのだ。
ランドセルを背負っていたはずの彼は青いスーツに身を包み、私の正面に立つ。あの頃は少しだけ、私よりも身長が低かったはずだ。しかし今の彼は私とほぼ変わらない身長を持っていた。
成歩堂龍一は静かに私を見つめ返す。
彼の瞳が持つ光は昔と少しも変わっていない。真っ直ぐで、呆れるくらいにただ真っ直ぐで。それは初めて対面した裁判の時にも感じていた。
「手紙……」
用意してきた言葉がうまく口から出てこなかった。単語ひとつだけ零して沈黙した私の代わりに、成歩堂が後を引き継いだ。
「……ああ。気持ち悪いことして、ごめん」
少しばつの悪そうな顔を作り謝罪する。
私が九歳の時、突然転校してから。
私と彼の縁は切れたはずだった。が、私のことを書き立てた新聞記事を見て彼から再び連絡を取ってきたのだ。手紙という手段で。しかし私がそれに答えることはなかった。
「どうしても君に聞きたかったんだ」
すぐに成歩堂は表情を作り変えた。とても神妙なものに。
「御剣。昔のこと、覚えてるか」
回り道を一切せず、内部に深く切り込んできた質問に私は不覚ながら言葉を失った。彼の言葉によって頭が勝手に過去を呼び起こしてくる。昔のこと。彼と私が、とても近くにいた時のこと。それはすなわち、あの事件の前後の時間を差す。
成歩堂は私を見据えたまま動かない。黒い瞳の深淵に、私の自我がぐらぐらと揺るぎ始めた。
あれだけ時間が経ち、あれだけ自分を鍛錬させ。天才と呼ばれる検事を、完璧と呼ばれる検事を作り出してきたというのに。
信じられなかった。
この男の一言で自分が揺らぐなどと───
私の動揺には気付かぬ様子で、成歩堂は次の言葉を続ける。
「君はお父さんのような弁護士になるって、言っていただろ?忘れたのか」
忘れてなんかいない。
私は、叫びだしそうだった。
昼間は無理矢理封じ込めているあの頃の記憶。
真夜中の、夢の中にしか現れることのなかった過去の自分が今、この場で蘇ろうとしている。
「弁護士じゃなくて、検事になって……悪い、噂まで聞いたんだ」
成歩堂は私の様子には気付かずに言葉を続ける。
「今の君を、お父さんは何も言わないのか?」
おとうさん。
自分の中に響く声。おとうさん。おとうさん。大好きだった。彼のようになりたかった。幼い私の、狭く小さな世界の中で父親は絶対的な存在だった。
成歩堂は何も知らないのだ。あの頃の私の憧れの存在だった父が、もうすでに亡くなっている事を。そして、その命を奪ったのが他でもない私だということも。
「……御剣?」
呼ばれる、名前。幼い頃から少しも変わっていない。人を信じることを糧として輝く、ふたつの瞳。
成歩堂の目の前で私は小さな子供に成り下がろうとしていた。その事実に私は狼狽した。
やめてくれ。
あの頃の私を思い出させないでくれ。私を、殺人者に戻さないでくれ。
「どうかしたのか?」
「───黙れ」
恐ろしく低い声が零れた。
彼の腕を取ったのは発作的にしたことだった。何かをしようと思ったわけではない。ただ、口を閉じさせたかったのだ。
突然のことに、成歩堂はバランスを崩した。デスクの上に乗っていた電話や書類をなぎ倒してその上に倒れこむ。
背中や腕に痛みを感じたのだろう。顔を歪めつつ、圧し掛かるようにしてデスクに彼を押し付ける私を見上げた。そうまでされても成歩堂の目は私を疑っていなかった。不思議そうな表情で問い掛けてくる。
「御剣?どうしたんだよ……?」
危険だ。───この男は危険だ。
自身の声で作られた警告の声が頭の中で響く。
この男は自分を昔に戻してしまう。あの、泣くだけで何もできなかった子供に。それだけではない、混乱のまま父親の命を奪ってしまった子供の私に。
首元に手を伸ばした。殴られるとでも思ったのか成歩堂は一瞬だけ目をぎゅっと閉じた。私はネクタイの結び目を掴むとそのまま自分の元へと引き寄せた。息と息が交錯する、とても間近まで迫りこう告げる。
「過去のことなどもう全て忘れた」
丸々と見開かれた瞳を見つつ、くっと微笑んだ。そう宣言でもしなければこのまま過去の亡霊に飲まれてしまう。そんな恐怖を感じてのことだった。
成歩堂はそれを、過去との決別だと読み取ったのだろう。一瞬だけ、射抜くように前だけを見る黒い瞳が悲しげに、揺れる。
ネクタイの結び目を更に強く引っ張り、乱暴に解けさせた。成歩堂は訳もわからず抵抗する。デスクの上に残っていた書類が派手に床へと落ちていった。
両手首を一まとめにして掴んだ。その周囲をひも状になったネクタイを纏わせる。そのままきつく縛り上げた。
「なっ…!」
成歩堂が上擦った動揺の声を上げる。手首を縛られた状態で私を見上げる彼に無表情を返した。心臓が、どくんどくんと体内で暴れている。恐怖か、緊張か。そう考えた後、微笑する。
恐怖だと?一体、何に対して?私が彼に対して、だと?
薄っすらと浮かんだ微笑みに成歩堂は目を見開く。私はその上から退いた。彼の手は解放しないまま。そして、窓へと近付くと上げてあったブラインドをひとつひとつ下していく。白い昼の光に照らされていた事務所内が、簡易的に闇へと変換されていく。成歩堂はデスクの上、起き上がることも忘れて私のその動きを見守っていた。
全ての光を室内から失わせると私は彼の元へと戻った。再び上に圧し掛かり、スーツの前ボタンを外していく私を信じられないといった様子で見返してきた。
「……御剣?何だよ、これ。どういうつもりだ?」
冗談とでも思いたいのか。顔には引きつってはいるが微かな笑いまで浮かんでいる。おめでたい男だ。
私はその考えを砕いてやるため、わざと乱暴にワイシャツを左右それぞれに引っ張り上げた。その衝撃で前ボタンが数個、千切れた。すかさず手を下に滑らし、ガチャガチャと音を立ててベルトを外す。そしてそのまま衣服と共に引き下ろした。晒された下半身の心許なさに、いよいよ自分が突然投げ込まれた危機を悟ったのだろう。成歩堂の顔が青くなる。
乱暴に事を進めることは避けたかった。そんな事をすれば彼はきっとこの事をただの暴力だと勘違いするだろう。憎しみから、激情から行わせる一時的で一方的な暴力を自分は受けたのだと。
そんなことは許せなかった。私は彼に絶望を求めていたのだ。人が人を憎む。私が彼を憎む。彼が私を憎む。信じる心など、人間には不要なものだとわからせたかった。
純粋な憎しみの地獄へと、成歩堂龍一を落としたかった。
今の私がいるのはそういう場所なのだ。
昔の……あの事件の前の、彼の前で屈託なく笑っていた御剣怜侍とは違う。それをこの男にわからせるべきだった。
「やめろ!」
初めて成歩堂の口から怒鳴り声が出た。しかしもう遅い。
私は無防備になった彼の下半身へと自分の身体をずらしていった。閉じようと暴れる両足を掴み、自分の肩へと担ぎ上げて自由を奪った。力なく横たわる彼の性器へと顔を近づける。
抵抗は感じなかった。それよりも、彼に快楽と絶望を。
「!」
無遠慮に、男の急所へと手を出した。私は彼の小さいままの性器を躊躇なく右の手の平で握り締めた。びくりと大きく成歩堂の身体が震える。そのまま嫌々と左右に揺れる身体を、両足を抱えることで押さえ込み、私は彼の性器を手の中で扱き始めた。
「い、やだ、やだっ!」
子供が駄々をこねるような、涙混じりの成歩堂の声が頭上から聞こえてくる。引き剥がしたくて、拘束されている手で私を押し返すものの力が足りていない。私はそれをいいことに存分に彼の性器を弄んだ。
自分もよく知っている方法なのだから彼を勃起させるのはそう難しいことではなかった。むくむくと温かく、硬く、育っていくそれに笑みが零れる。それをわからせるように、吐き出した息をわざと先端に当てる。それだけで成歩堂の身体は反応する。
左手を足の間に潜り込ませ、ある部分を指の腹で押す。そこは固く閉ざされていた。このような時、どうすればよいのか。よくわからなかったが私は指を一旦退けて、手の平にありったけの唾液を落とした。そしてまたそれを奥に潜り込ませた。
「いっ……!」
押さえていた成歩堂の身体が跳ね上がる。やはり、苦痛を全く与えずに進めることは不可能なのだろう。少しでも痛みを和らげてやろうと、性器を握る右手の動きを少々早くする。それならば達してしまえばいい。今は、液体が少しでも欲しい。
「───…ッ」
奥歯を食いしばって成歩堂がぎゅっと目をつぶった。身体も硬直する。同時に、右手の平に温もりが溢れた。
自分の手が彼の放った精液で濡れた事を確認し、それを左手の指先で掬い取った。爪が触れないよう極力気をつけながら、腹の部分を使い徐々に力を込めていった。唾液と精液で潤した指を彼の中に埋めていく。
「いった、ぁ、…ッ」
私の肩を押していた、拘束された両手が縋るものに変化する。涙声で成歩堂は喘いだ。それほどまでに痛いのだろう。大丈夫だ、という意味を込めてその首筋に唇を押し当てた。
中からの抵抗は強い。私という異物を吐き出そうと懸命に口を閉じていた。もう一度右手で彼の性器を握った。一度達して敏感になっていたそこに触れられて、成歩堂は上擦った声を上げる。そこをすかさず狙って指を進めた。
そんなことを何度か繰り返し、どうにかして二本の指を中に差し込んだ。上下バラバラに動かす。開かされたとてもわずかな隙間からぐちぐちと下品な音が零れてきた。成歩堂は未知の感覚に背筋をびくびくと震わせる。
出し入れを数回繰り返した後、ほんのわずかだが、挿入する指の締め付けが緩くなった気がした。後は己の性器を使えばいい。中の肉を撫でるようにしてゆっくりと指を引き抜く。
私は自分のベルトに手を掛けた。閉じ込められていたそれは、少し手で擦ってやればあっけなく立ち上がる。自分の腰を少し引いて、彼の両足を持ち上げ性交する体位を作り出した。
あと数センチ、私が腰を出せば繋がる。そんな格好をさせられても未だに成歩堂は状況が読めていないようだった。
「御剣……頼む。こんなこと、やめてくれ」
真っ青な顔でそう懇願する。浮かぶ涙は黒い瞳を存分に濡らしてはいたが、頬に零れてはいなかった。
彼の気丈な様子を見ても私の心はぴくりとも動かない。
君の知っている御剣怜侍ならば、君の願いを聞くのだろうな。
そんな事を他人事のように思った。彼の知る御剣怜侍は十五年前にもう死んでいるのだ。銃で撃たれて死んだ御剣信と一緒に。
私が残酷な事を考えていたわずかな間を、彼は躊躇いの時間と取ったらしい。ほんの少しだけ身体の強張りを解いた。
こんな状況で、こんな事をされて、こんな私を目の当たりにしても。私ならば止めてくれる。彼をこれ以上傷つけることはしないと。そんな希望を持ったのか。おめでたさに余計苛ついた。
両足を抱え直し、指で散々掻き混ぜられたそこがよく見えるよう開かせた。私の瞳を見た成歩堂の表情が凍る。
この、天才検事を突き崩した報いをその身体を持って受けるがいい。
「……力を入れない方がいい。苦しいだけだ」
そう言って私は、熱く硬くなったものを彼の奥へと挿入させた。