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2016年10月29日 成歩堂法律事務所




 盗聴……盗撮……?何を?一体、何のために?
 疑問が頭の中を駆け巡る。心臓はどくどくと暴れまわり、今にも口から飛び出してしまいそうだった。
 それなのに喉が強張って、ぼくはその疑問を目の前にいる男にぶつけることすら出来なかった。溜息によく似た重苦しい吐息が漏れただけだ。
「検事局長の命令で、私はこの事務所に盗聴器を仕掛けた。……それとは別に盗撮機を仕掛けたのは個人的な思惑からしたことだったが」
 御剣はどこか楽しげな様子でぼくの事務所で起こった、ぼくの知りえなかった事実を語り始めた。
 奴の浮かべる表情も、口にする事実も。俄かには信じることの出来ないものだった。
 誰が、誰の命令で……?
 ぼくの中でまた新たな疑問が生まれた時。二の腕を掴んでいた御剣の手が肩に移動してきた。ぐっと、更に強く力が込められる。そして、凄むように間近で囁かれた。
「おかげで面白い物を撮る事ができたようだ」
 面白い物。
 その言葉に頭の中で渦巻いていた疑問たちが一気に消し飛んだ。代わりに浮かんできたのは御剣によってぼくにもたらされた、忌まわしい行為の記憶だった。
 消すことなんて出来ない。ぼくは思わず目を閉じた。逃げ場なんてどこにもないのに。
「今日訪れたのは、先日撮影したものを君に渡すためだったのだが……」
 御剣の告白はそこで一旦止まった。顔を上げると真正面から目が合い、少しなからず怯む。
 けれども御剣はそんなぼくに微笑みを与えてきた。気付くと、壁に押し付けるような拘束も解けていた。
 相変わらず固まって動けないぼくを前にして、何と御剣は法廷さながらに会釈をした。ゆっくりと静かに、とても優雅に頭を下げる。
 御剣の一連の行動が理解できなかった。
 自分相手にああいうことをした理由もわからないし、いくら命令とはいえ盗撮等という違法な事を行う意味もわからない。
仮にもしそれが本当に命令されてやったことだとしても、それをわざわざ自分に報告する理由が見つからなかった。
 ぼくに責めてほしいのだろうか?ぼくに……弁護士に、検事局の実態を暴いて裁いてもらいたいのだろうか?この前の、裁判の時だって。
 真実への道を全て閉ざされたかと思った。ぼくはあの時、初めて諦めたのだった。姫神サクラの一言で。でもそれを打ち破ってくれたのは他でもない御剣だった。
 検事ならば、あそこで異議を挟み込む必要などなかったはずだ。そうすればそのまま有罪判決を勝ち取れるはずだった。でも御剣はそうしなかった。自分の声で、真実が闇に埋もれてしまう瞬間を防いだのだった。
 それは自分にあの時の事を思い出させた。自分が被告人となった、学級裁判の時の事を。
 信じる──信じたい。
 先程、自分が御剣に投げた言葉をもう一度心の中で呟く。
 信じる。信じたい。ぼくは御剣を信じたい。
 もう何年も、馬鹿みたいに唱えてきた言葉たち。
 それはまるで、別離した御剣にもう一度会える魔法の呪文のようだった。
 もう一度それを唱えた。そして、目の前に迫る御剣の顔を改めて見返した。
 今にも消え入りそうな、とても小さな希望を持って。
 でもそれはすぐに無残に壊されてしまった。御剣が残酷とも言える微笑みと共に吐き出した言葉によって。
「……すまない。手違いで、あの少女に渡してしまったようだ」
「!」
 目の前の御剣の顔を殴りつけたい衝動を押しやって、ぼくは真宵ちゃんの下へと駆け出した。乱暴に開かれた扉とぼくの剣幕に圧倒された彼女は、泣きそうになりながらも事情を聞いてくる。でもそれに親切に答えてやれる余裕はなかった。
 追い出すようにして真宵ちゃんを帰らせると、事務所の中にはぼくと御剣の二人だけになった。DVDを手にしたまましばらく立つ事もできなかった。この無機質な物の中に、あの時の事が映像となって記録されている。そう考えただけでも全身が震え上がった。
 床に投げつけるも、ケースが少し割れただけで中身までは破壊できなかった。それがまるで、どう足掻いても消しきれないあの記憶を体現しているようで吐き気がした。無駄だとわかっているのにぼくは、それを拳で殴りつける。
「何がしたい。こんなことをして……目的は何なんだ」
 吐き出した声は自分でも驚くほど低くて、殺気立ったものだった。
「何だろうな?自分でもよくわからないのだが」
 しかし、それがあっさりとかわされたことでついに限界が来た。どうやっても壊れなかったDVDを相手に向かって手加減なく投げつけた。御剣は避けもしない。怒りでコントロールも何もないせいで、それは御剣の右後方の壁に当たって床に落ちた。もうそんなものはどうでもよかった。
 張本人である御剣に詰めより襟元を思い切り掴む。
 御剣は逃げもせず、背後にあった壁に背中をぼくに押し付けられるままだった。
「何でこんなことするんだよ、御剣……!」
 怒りに任せて怒鳴りつけるのに御剣は冷静で、更に頭に血が上った。
 殴れ。
 そんな乱暴な命令が頭の中で弾け、それに促されるまま拳を上げたぼくに。
 御剣は何故か笑い掛ける。
「私にそんな態度をとっていいのか。──DVDは他にも存在していると言ったら?」
 微笑みながら与えられたのは、脅迫じみた言葉。いや、これは紛れもなく脅迫なのだ。
 信じる。信じたい。ぼくは御剣を信じたい。
 その呪文がまた浮かんできて、堪らなくなった。あまりの悔しさに目尻に涙が浮かんだのがわかった。
 信じる?信じたい?目の前の御剣を──信じれるのか?
 今まで自分を突き動かし、奮い立たせてきたもの。それが簡単に揺らいでいく。崩れていく。
 幼い頃。孤独に泣く自分を唯一救ってくれた。その記憶の上に今まで、自分を築いてきた。孤独に苦しむ人を助けたい。そして、そう思うきっかけを与えてくれた親友を助けたいと常に願っていた。
 願っていたのに。
 御剣の腕が持ち上がり、ぼくの頬を包み込む。もう振り払う気力もなかった。抵抗がないのをいい事に耳朶を弄り始める。
そして御剣はぼくの反応を見るためか、唇の端を持ち上げてこちらを覗き込んでくる。
 そこから顔を背け頭を振った時、両足の間に御剣の右足が突然割り込んできた。耳から移動してきた腕に身体を抱え込まれ反転させられ、背中が壁に触れた。しまったと思ったときにはもう遅く、御剣に迫っていたぼくが逆に迫られる格好となっていた。放せと叫び相手を押し返すも無駄だ。
 御剣の片足がぼくの足を割って、信じられないことにそこの部分に触れさせてくる。その足の動きでわかった。
 御剣は──このままぼくを抱くつもりだ。
 ぞっとして身体が震えた。でも御剣は決して逃がしてはくれなかった。
 抱き締められ、耳を舐められた。腿で乱暴にそこを押してくる。唾液で濡れた耳朶に触れる残酷な言葉にぼくは戦いた。
「君に拒否権はないのだよ、成歩堂」






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