index > うら_top > 逆転脅迫top

BACK NEXT



2016年10月29日 成歩堂法律事務所





ノックもせずに扉を開くと、その部屋の中にいた人物は驚いて顔を上げた。そしてさっと顔を青ざめる。私はその様子に思わず笑みをこぼした。
そんな彼の表情が心底愉快だったのだ。彼は唇を結び、強い瞳で私を見返した。
「御剣検事…何か、御用ですか…?」
その間に高い声が割り込む。小柄な少女が私の方に歩み寄りおそるおそる声を掛けてきた。
私は笑いを顔にはりつけたまま、彼女に視線を向けた。妙な格好に妙な髪型。幼さの残る顔で私を見上げる少女。前々回の法廷で被告となった人物、綾里真宵だ。
怯えているような彼女に私はあくまで優雅に声を掛けた。
「突然すまない。成歩堂に用があってな」
「用……?荷星さんのことか?」
そう言うと成歩堂は、怪訝な顔で腰掛けていたソファから立ち上がる。
振り返った綾里真宵に小さく頷きつつ、彼女の肩を押して彼女と私の間に入った。
「この前の判決に何か問題でもあったのか?」
「いや、その事ではない」
成歩堂は表情を崩さずいつものように射る様な視線を投げかけてくる。しかし、声にわずかな動揺が表れていた。内心の怯えを必死に隠そうとする彼の様子が可笑しくてたまらない。
唇を歪めて笑う私をさらにきつい目で成歩堂は睨んだ。
「すまないが……席を外してはくれないか」
「え、あたしですか?」
突然話をふられ、綾里真宵は目を丸くした。そして大きく一度頷くと所長室の扉へと向かう。
彼女が扉に手を掛けた瞬間、私は急に思い出したように彼女の背中を呼び止めた。
綾里真宵は振り返り首を傾げる。私は自分の黒い鞄からあるものを取り出した。
「これを」
私が差し出したものに、彼女はまた目を丸くした。
「君が、トノサマンのファンだと聞いた。……留置所の宇在監督から預かってきたのだ」
「もしかしてトノサマンのDVDですか!?」
私の言葉に彼女の丸い目が輝いた。何のラベルも貼られていないケースのみのDVDと、私の顔を交互に見比べる。しかしその瞳は私の視線と出会うと、瞬時に色あせてしまった。
側に立つ成歩堂を不安げに振り返る。
「………どういうつもりだ」
「どういうつもりでもない。君との長い話に彼女が退屈するだろうと思ってな」
真意を確かめるように成歩堂が低い声で私に問うた。私はその問いにさらりと答える。
しばらく、表情を崩さずにじっと私を見つめた後。
成歩堂はふと視線を緩めた。そして、私に向けるものとは全く違った表情で綾里真宵を見る。
「事務室にDVDプレイヤーあるから。それ見ながら、ちょっと待っててくれる?」
「うん!わかった!」
綾里真宵はぱっと笑顔を作り、何度も頷いた。そして所長室を後にした。
扉の閉まる、小さな音が部屋に響く。成歩堂は不自然なくらいに表情を切り替えた。柔らかいものから硬いものへと。
弁護士に相対する検事というよりは自分の全てを踏みにじった者に対する、怒りや憎しみのような暗い光を私に向けて。私も彼に視線を返した。真正面から目が合う。
そして再び、重い空気が私たちの間に流れ始めた。
私はこの目の前に立つ男を見ながら、何から話そうかと頭の中で言葉を選んでいた。
そのこと自体も楽しくてたまらなかった。
これから私の言うこと、彼がそれを聞いてどんな反応をするのか、そしてどのような表情で私を見るのか───
「ぼくは……」
ふと、沈黙を破り成歩堂が呟いた。瞳がゆらりと揺らめく。
彼の目を見つめ続けていた私には彼の内心の動揺、苦悩、畏怖……それら全てを感じ取ることができた。
その重いものたちの中に混じりたったひとつだけある、明るいもの。
それは何かと考えを巡らせる間もなく、成歩堂はその光を口にした。
「信じたい」
苦しげに、しかしはっきりと彼はそう言った。何を、とは聞かなかった。
問い掛けてみても、返ってくる答えは私の期待しているものではないのだろう。
私は彼の言葉を無視した。一歩、踏み出す。
ただそれだけで成歩堂の身体はびくりと震えた。後ずさろうとする彼の腕を取り、動きを封じ込める。
「御剣………」
恐怖に青ざめる成歩堂の顔を見つめ、私は笑った。
君が信じようとするものが、全く意思のないものだとしたらどうする?
君が追い求めるものが、何も価値のないものだと気が付いていないのか?
私はそれを彼に問うつもりは、まだなかった。他人の言葉に踊らされ、自分を見失い、信念を曲げ、歪んでいく人間を見てみたかった。
今の、自分のような人間を。
私はやっと、彼に言うべき言葉をひとつだけ選んだ。
目を細め唇を吊り上げる。そして、ある事実を彼に告げようと口を開いた。
「成歩堂……」
君のとるべき行動を決めるのは君ではない。───私なのだ。






BACK NEXT

index > うら_top > 逆転脅迫top