2016年10月20日 地方裁判所 第4法廷
1発の銃声…それが全ての終わりだった。
いや、それが全ての始まりだったのだ。今の私にとっては。
畳み掛けるような尋問だった。
質問の答えの隙をつき、その発言を証拠としてまた次の質問へと繋げる。証人は見えない糸で捕らえられていくように、じりじりと追い詰められていく。
弁護人の術中に嵌っていく。
「姫神サクラさん!」
バン、と大きく机を叩き弁護人──成歩堂龍一は真っ直ぐに指を差す。
その先に見つけた真実を見据えながら。そしてはっきりとした声で最後にこう告げた。
「……あなたですね?衣袋武志を殺害したのは」
成歩堂が発した最後の質問に証人は何も答えなかった。痛いほどの沈黙が法廷を包む。
私はその時、心の中で密かにある覚悟をした。それは4年間検事席に立ってきた中で初めての事だった。
───裁判中に負ける覚悟など、今までにしたことがない。
法廷中の視線が証人に集まった。数分間の沈黙の後。ようやく彼女は口を開く。
「…でも、それはあくまで可能性の話。証拠となるとまた別よ」
そう言って女はまつげを伏せた。
「決定的な証拠、ないじゃない」
そこまで告げ、女は一度だけその無表情を崩した。赤い紅を引いた唇を妖艶に歪める。
「な…っ!」
私の正面に立ち、先ほどまで熱弁を奮っていた成歩堂が愕然とする。そして、言葉を失った。
この法廷にいる誰もが同じことを思っているのに違いない。成歩堂が発言したとおり、この証人……姫神サクラが真実を握っている。
───重く、そして罪深く、血に濡れた真実の鍵を。
成歩堂は真っ直ぐに姫神サクラを睨みつけたまま両手を机に叩きつけた。
それは彼がこれ以上、この証人に質問のないことを認めたのと同じことだった。
「どうしました?弁護人」
裁判長の静かな声が、成歩堂の意思を確かめた。しかし成歩堂は、言葉を返すことができなかったようだ。その彼の反応を見、裁判長がゆっくりと首を振る。
「では、質問もないようなので…これで姫神さんに対する質問を終了します」
裁判長の手の中の木槌が、音もなく振り下ろされる。
成歩堂はただ真っ直ぐに姫神サクラを見つめていた。
私は彼の瞳を見つめていた。正反対に位置する検事席から。
成歩堂の瞳が、この時初めて揺らめいた。そして何かを諦めたように閉ざされていく。
「異議あり!!」
次の瞬間、終了しかけた法廷に響き渡ったのは弁護人の声ではなかった。