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  「ね、ね、なるほどくん!あたしたち、ついにビッグになれるかも!」
 事務所の扉を開けて開口一番、真宵ちゃんはそう叫んだ。ぼくは掃除の手を止めて彼女を振り返る。
「何か前にも同じような台詞を聞いたような……」
「ほらほら、トイレ掃除なんてあと、あと!」
 ブラシを奪われ背中をぐいぐいと押された。真宵ちゃんの後についてきた春美ちゃんがソファに腰掛けぼくを待ち受けていた。そして満面の笑みをぼくと真宵ちゃんに向ける。
「何なんだよ、一体」
 押されて腰掛けたぼくはそう問い掛ける。もったいぶった様子で二人、瞳を見合せた後。
 真宵ちゃんは黒い瞳をきらきらと輝かせつつ口を開いた。
「とんでもない秘宝を見つけちゃったんだよね」
「とんでもない?」
 存在自体がとんでもない真宵ちゃんがそう言うのだから、きっとぼくの想像を遥かに超えるようなお宝なのだろう。
 ぼくが興味を持ったことが嬉しかったのか、真宵ちゃんはさらに興奮した様子でしゃべりだす。
「この間の秘宝展の準備で、蔵を大掃除した時に出てきたんだって」
 倉院の蔵。何だかダジャレみたいだな、と余計な事を考えているうちに春美ちゃんが足元に置いてあった風呂敷の包みを机の上に乗せた。恐る恐る、まるで宝石を扱うかのような手付きで結び目を外していく。
「じゃーん!どう、すごいでしょ!」
 その秘宝が登場した瞬間を、真宵ちゃんの声が派手に煽った。
 ぼくは布の中から現れたそれを顎に手を当ててまじまじと観察する。
 ツボ、に見えた。ただの、本当に何の変哲も無いツボ。
 そう言えば様々な事件で証拠品として扱われた倉院のツボに似ている。割れ目が入っていないのと子供という文字が書かれていないだけで、色といい形といいそっくりに見える。いや、サイズがちょっとだけ小さいか……?
「何、驚いて声も出ない?」
 嬉しそうに真宵ちゃんが尋ねてきたけどぼくはなんと言って返していいのかわからなかった。
 ここは二人に合わせて盛大に驚いてみるべきなんだろうか。
「真宵さま、詳しい説明をしないとなるほどくんにはわからないと思うのですが……」
 ぼくの様子に目ざとく気付いた春美ちゃんがそう助言すると、真宵ちゃんはそっかと言ってぽんと手を叩く。その手を拳にして口元に運び、こほんと咳をすると。両手をツボの横にかざして声高々に叫んだ。
「なななんと!このツボは、過去に戻れちゃうという何とも不思議なツボなのです!」
「……へぇ」
 そっけないぼくの一言で真宵ちゃんの説明は終わりを告げた。
 真宵ちゃんは子供みたいに頬を膨らませてもう!と言いながらぼくの額をぴしりと叩いた。
「いてっ!何するんだよ!」
 時々、彼女に対して大人気ない突っ込みをしすぎなんじゃないかと周囲の人間に諭される事があるけど、真宵ちゃんの仕打ちだってぼくに負けてはいない。
 ひりひりと痛む額を自分で押さえてぼくは叫んだ。
「これからが肝心なんだよ。知りたくない?ね、知りたいでしょ!」
 睨むぼくに謝りもしないで真宵ちゃんは話を続行させようとする。
憮然とした表情を作りつつもぼくは、渋々と彼女の言葉に頷いた。
「このツボを使えば一番戻りたいと思った日に戻れちゃうんだよ。すごいでしょ!」
「そりゃすごい」
 ぼくの感情が全く込められていない、感嘆の声に真宵ちゃんは全く気が付かない。気付かないまま説明を続ける。
「過去に行けちゃうんだよーこのツボを使えば」
「未来は変えることができませんけど、もどりたい過去に一日だけもどれるそうです」
 春美ちゃんまで大真面目な顔で話に乗っかる。
 大人びているこの子だってまだまだ子供だ。……真宵ちゃんは来年で二十歳だけど。
 ここで二十六歳の大人である自分が、全否定して彼女たちの妄想を壊す事も大人気ない。ぼくはこの馬鹿らしい会話に付き合う覚悟を決めた。
 ため息の配分が多くならないように気をつけつつ呟きを漏らす。
「そりゃあ……すごいね。霊媒師ってそんな事までできるんだな」
「これからはマルチな霊媒師でないとね」
 えへんと胸を逸らす真宵ちゃんになんだよマルチな霊媒師って、と突っ込みかけたぼくはそれをやめて自分に突っ込む。
 マルチより先に霊媒師という単語に突っ込むべきだろう。……毒されてるなぼくも。
「霊媒師というかもはや妖術使いだな、そこまで行くと」
「失礼だよ、なるほどくん」
 真宵ちゃんと春美ちゃんが同時にぼくを睨みつける。
 彼女たちのこの格好も、よく見ればとてもおかしい。霊媒という言葉に何の疑問を抱かない自分が改めて変に思えた。
 サイコロックも降霊も確かに信じがたい事だけれど、それらは確かにぼくの目の前で行われている。しかも日常的に、特に珍しい事でもなく。
 このままぼくも彼女たちの住む非現実的な世界に巻き込まれていくのだろうか……
 うう、怖い。それは正直言って、本当に怖い。
「というわけでなるほどくん!第一号のお客様だよ!」
 ぽんと両肩に温度が触れてぼくは我に返った。
 気付けば正面に向かい合って座っていた真宵ちゃんがぼくの背後に立ち、両手でぼくの肩を押さえ込んでいた。かわりに春美ちゃんが目の前に移動してきていて、ぼくの鼻先にその怪しいツボをずずいと差し出す。
「な、なんでぼくなんだよ!」
「あたしたちは霊力でサポートしなきゃならないから。なるほどくんしかいないんだよ!」
「おめでとうございます、なるほどくん」
「いやいやいや」
 霊力とか第一号とか何だかもうわけがわからない。
 さっきの話を信じてるわけじゃないけれど、真宵ちゃんと春美ちゃんが霊媒できるのは事実。サイコロックを見れたのも真宵ちゃんの勾玉と春美ちゃんの霊力のおかげだ。彼女たちの言っている事は、全部が全部でたらめという事では決して無い。
 ……と、いうことはだ。
 何かは確実に起きる。何か恐ろしい事が自分の身に起きようとしている。ぼくの第六感がそう告げている。
「過去に一回行ってみて、帰ってきたらどうだったか教えてよ。あたしたちはここで待ってるから」
 じたばたともがくぼくに、真宵ちゃんはまるでコンビニにおつかいを頼むかのように軽い口調で指示する。さーっと血の気が引いていく感覚がした。
「い、一体どの過去に飛ばされるんだよ」
「それはわかんないんだよね」
 けろっとした様子で真宵ちゃんはそう答えた。目に映る部屋内が歪んだのは気のせいじゃないだろう。
「わかんないって何でだよ……」
 頭痛とめまいを感じつつぼくは呻く。真宵ちゃんは後ろから首を傾げ、ぼくの顔を覗き込んだ。
「一番戻りたいと思う日なんて人それぞれじゃない。あたしにそこまで予想できないよ」
 あたしだったら半年前のラーメンを十杯食べたあの日かなぁ、と真宵ちゃんは腕を組んで言う。
 ……確かに。彼女にとってはそうでも、ぼくはその日に戻りたいと少しも思わない。

 ──ぼくの戻りたい日って一体、いつなんだろう?

 思考が過去の記憶を辿り始め、現実から意識が遠のいたほんのわずかな時間。
「なるほどくん、これの中のにおいをかいでみてください」
「中を?」
 この時ほど自分の素直さを呪った事は無い。
 ぼくは春美ちゃんから差し出された何やら怪しげな壷の中を、何のためらいもなく覗き込んでしまった。言われたとおり、馬鹿正直に思い切り息を吸い込みながら。
「〜〜〜〜!!!」
 吸い込んだ瞬間、その臭いが鼻を高速で通り抜けて脳の裏側にまで到達したのを感じた。
 もやっとした濃い煙と、何かが腐って混ざって発酵して……とにかく、この世のものとは思えないものすごい強烈な臭いが鼻から脳、肺、なぜか息の通っていない部分の手足の指の先まで隅々に行き渡る。
「あれー?はみちゃんもしかして直接嗅がせた?」
「あっ!ハンカチをお渡しするのを忘れてました!」
 おいおいおいおい……
 突っ込みはぼく一人の胸の中だけで行われた。ぼくは言葉を発する事もできなくなって目を瞑る。
 混濁した意識は身体の自由を奪い、ぼくの身体はそのまま後方に倒れこんだ。







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