波の合間にカラフルな色がぷかぷかと浮かんでいる。真宵ちゃんと春美ちゃんだ。イトノコさんに膨らませてもらったのだろうイルカのボートに乗って楽しげに騒いでいる。浜辺に残っているぼくの視線に気がついたのか、真宵ちゃんが大きく手を振ってきた。なるほどくーん!とぼくを呼ぶ声が微かに聞き取れた。
 膝を抱えた状態で小さく手を振り返す。両足の隙間からショッキングピンクが覗いて、ぎょっとしたぼくはまた慌てて膝を抱え直す。側にいるのはいびきをかいて寝ているイトノコさんだけだから、誰かに見られることはないだろう。
 その格好のまま小さくなりつつ、後方を振り返る。矢張がバイトしている海の家と、山盛りの焼きそばと、得意げな表情の矢張と、不機嫌そうな御剣が見えた。
 海で無邪気に遊ぶ真宵ちゃんと春美ちゃん、浮き輪に乗っかり優雅に波を楽しむ狩魔検事、日焼けとバイトにそれぞれ精を出すイトノコさんと矢張。彼らに比べて、ぼくと御剣は海を満喫しているとはいえない状況だろう。でもどうしようもできなくて、ぼくは膝を抱えたまま溜息を吐いた。

 ショッキングピンクの水着に欲情した御剣に付き合った後──自分の迂闊さに深く後悔することとなった。汚れてしまった水着は洗えばよかったのだけれど、中で出された後に海に入る気には到底ならなかった。水着を真宵ちゃんたちに数秒間だけ披露した後、浜辺にじっと座ること一時間。

(ああ、ぼくは……何をやっているんだろう)

 思わず遠くを見る目になっていると、パラソルの横に人影が現れた。顔を上げると御剣が右手にも左手にも山盛りの焼きそばを持ってそこに立っていた。

「矢張の奢りだそうだ。君の分ももらってきた」
「……いらない。腹が痛くなるだろ」

 断られたのを無視して御剣は横に腰を下した。頑なに膝を抱えるぼくをちらりと見て、誰にも聞こえないような小さな声ですまなかった、と呟いた。そして謝罪のつもりなのか気まずいのか、この暑いのに焼きそばに箸をつけ始めた。
 抱いたのは御剣でも付き合ったのは自分だ。一方的に責めることもできずに、いいよと呟きを返した。
 ぼくにキスマークを付けられた御剣は、それを隠すためにシャツを脱いでいなかった。海に入ることもなく、今まで矢張の相手をしていたようだった。

(海水浴に来たのに、一体何をやってるんだろう……)

 思わずまた溜息をひとつ。

「つまらないのか?」

 それを聞いた御剣が焼きそばを食べる手を止めて尋ねてきた。水着を隠す姿勢は崩さないまま、逆に聞いてみる。

「楽しいか?この状況」
「うム。君たちと海に来る機会などなかなかないからな」

 ソースで口元を汚しながら生真面目な顔で御剣は頷いた。確かに、いつも多忙な御剣や狩魔検事と共に出掛けるなんてことはそうそうない。ふぅん、と気のない返事をしたぼくを御剣はじっと見つめた。何だよ、と視線に込めて横目で見遣る。

「……やはり君は浜辺の王様だな」
「はぁ?」

 訳のわからない台詞に声が裏返ってしまった。御剣は手には焼きそばを持ったままという間抜けな姿のままふっと微笑み優雅に首を振った。

「こんなに人がいても、私は君ばかりを見てしまう」

 不覚にも。
 のろけともいえる台詞と綺麗に微笑む御剣の顔に毒気を抜かれてしまったぼくは、再度ふぅんと唸って顔を反対方向へと背けた。
 こんな海水浴も悪くないかも、と単純にも思ってしまった自分に恥じながら。