「こんなのセクハラじゃないか!」
必死で抑え付けていた台詞をぼくはようやく吐き出すことが出来た。吐き出された相手は怪訝な表情でぼくを見上げる。それもそのはずだ。本来この台詞を投げつけるべき相手は目の前には存在していなかった。
「ム。私に言われても困るのだが」
眉をしかめ、御剣はぼくの非難混じりの叫びに答える。そしてちらりと視線をぼくの顔から外す。
彼の視線が捕らえているものと、自分が手にしているもの。それが同一であることに気付いたぼくは改めてもう一度叫んだ。
「こんなのセクハラじゃないか!なぁ御剣、君もそう思うだろ!?」
ムゥ、と御剣は妙な声で唸った。俯いて小さな咳払いを零す。右手によって隠された唇が微かに歪んでいることをぼくが気付かないわけがない。思い切り強く睨み付けるとああ、まあ、そうとも思えるな、と歯切れの悪い答えが返ってきた。
ぼくの手に握られているのはある水着だった。
一緒に海へと来た真宵ちゃんと春美ちゃんがぼくのために用意してくれた水着。そう言えば聞こえはいい。しかし今、問題なのはその水着なのだ。ぼくはもう一度、彼女たちから渡された水着を見た。
自分の肌色に全く似合わない、人工的な発色を持つ色が両目を突き刺して眩暈までしてくる。ショッキングピンク。こんな色の物、今まで買ったことも持ったこともない。恐る恐る両手を使って大きく開いてみる。ビキニ。男性用のビキニパンツ。真宵ちゃんの言っていた通りの形状だった。それを身に付けた自分の姿を想像して、思わず気が遠くなりかけた。
「こんなの着ろって……あんまりだ」
がっくりと頭を落とし、絶望のまま呟く。
真宵ちゃんたちはこの水着をぼくに手渡した後、自分たちはさっさと着替えて海へと繰り出していた。前日に買い込んだビーチボールやボートを脹らませる要員として連れてこられたイトノコさんも早々に着替えて海へと行ってしまった。
残されたのはショッキングピンクのビキニと、ぼくと、御剣だけだった。
狩魔冥が荷物置き兼着替えのために借りたというホテルの部屋のソファに腰掛ける御剣は、ひどい仕打ちにじっと耐えるぼくを気の毒に思ったのだろうか、短く嘆息した。成歩堂、と落ち着いた声でぼくを諭し始めた。
「そう思い悩むことはない。発想を逆転すればよいのだ」
「発想を逆転?」
「セクハラだと思うから、君はそれを着たくないのだろう?こう考えたらどうだろうか。彼女たちは純粋に、君に似合う水着を選んだ。それがその水着だった。第一、彼女たちに他意があって君にこれを買ったと思うのか?」
確かに。
天才検事と謳われる御剣の言葉にぼくは深く納得した。彼の言うとおり、彼女たちがぼくに嫌がらせをするためにこれを用意したとは到底思えない。
「そう、だよな……」
「彼女たちは君がそれを着てくれるのを海で待っているだろう。いつまで拗ねているつもりだ」
似合うと思うんだよなーと笑う真宵ちゃんと、この水着を小さくてかわいいと喜んでいた春美ちゃんの顔を思い出した。すると、彼女たちの好意をただ恥ずかしいと拒む自分がものすごく悪いことをしているような気までしてきた。
ぼくの表情から心情が変化して来たのを読み取った御剣が着替えを促した。ぼくは悩みながらも頷いて、ショッキングピンクの水着を片手にトイレへと向かった。