一歩一歩ゆっくりと階段を降りる度、光は確実に遠ざかっていく。
 それは視覚的にも感覚的にも悟ることができた。次第に下方へ。闇へ、落ちていく。
 永遠に続くかのように繋がっていた階段はようやく終わりを迎える。私はしばらくその場に留まり、息を詰めて目の前の扉を見つめた。見つめた、というよりは睨み付けていた。
 この扉の向こうに広がる七年後の世界を見透かすように。

 「来るとは思わなかったよ」
 狭い部屋。机。頬杖をついて私を迎える彼。その光景に古い記憶が一瞬だけ甦った。思わず眉をしかめてしまう。私はその言葉には答えずに、彼の向かい側へと腰を掛けた。成歩堂は緩く微笑んだまま私の動作を見守っていた。相変わらず頬杖をついたまま、どこか親しみのある雰囲気を漂わせて。それにつられて昔の記憶が、今度は一瞬だけでなく次々と脳裏に浮かび上がってくる。
 事務所。青いスーツ。バッジ。
 私は一度目を閉じて記憶の噴出を辛うじて封じる。違う。それは七年も前に見た古すぎる光景だ。
 目を開いて、現在の光景を改めて見つめ直す。すぐに彼のものと判別できる特徴的な眉はニット帽に隠されていて見えない。その下にある覇気のない瞳。無精ひげ。安物のパーカー。
 思ったとおりだ。記憶と現実は異なりすぎている。
 成歩堂はいまだ微笑んだまま私を見つめていた。しかし私は鋭い視線を彼に返す。ここはあの法律事務所ではない。彼の胸にはもう何も輝いてなどいない。
「一戦お相手願おう」
 決別の意を込めてそう相手に言い放つ。
 成歩堂は驚かなかった。友好的な笑みを変えないまま一度頷く。いいよ、と軽い調子で私の誘いに乗った。テーブルの上に手馴れた様子でカードを並べていく。私はそれすら腹ただしかった。こんなものを使わずとも、過去に私と彼は何度も勝負を交わしたというのに。このような場所でなく。神聖なる法廷という場所で何度も何度も。
 いつだって真実を指し示していた彼の手がカードを配り終えた。ふと彼の様子を窺い──思わず息を飲む。成歩堂の表情には先程と同じように笑みが張り付いていた。しかし、明らかに笑いの種類が違う。完全に私を嘲る笑いを成歩堂は浮かべていた。その笑顔のまま、おどけるようにして首を少し傾ける。
「負けたらすぐに追い出すよ?……御剣」
 何年振りかに名前を呼ばれた。それがショーの幕開けだった。




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