top> such a lovely place

 

 
______________________________________________________________________________

 

 

 

「何ですか、それ」

頭の上からのん気な声が降ってきた。素早くデスクの引き出しに書類を仕舞い、顔を上げる。
ふわふわと湯気の立つカップを二つ両手に持って、なるほどくんはにこにこっと微笑んだ。

「あなたには関係ない事件のものよ」
「そうですか…コーヒー、どうぞ」

私も笑顔を返す。曖昧に笑った後、なるほどくんはカップを差し出した。
こういう時、彼は利口だと思う。無駄なことは一切言わない。



私が担当した事件の被告だった彼は、なぜか今、私の事務所で働いている。
初めて会った時は動揺して情けない様子だったのに、突然私の元で働きたいと申し出たのだ。
そう言った彼の目には、見るものを圧倒するような迫力が生まれていた。
何かが彼の身に起きたのは、明らかだった。 でも私は、その理由を知らない。
行動を起こすきっかけなんて、他人にいちいち話すことでもない。

弁護士になる目的───それを言っていないのは私も同じだから。

耳についた音楽に、私は視線を転じる。

「コナカ…」
「ああ、ここって結構大きい会社ですよね」

休憩の時間だけに点けられるテレビに、悪趣味なピンクの文字が映っていた。
社名を馬鹿の一つ覚えみたいに、繰り返す音楽。それは、耳障りなだけで。

「このCMがどうかしました?」

髪をかき上げながら首を振り、誤魔化す。手を伸ばしてテレビの電源を落とした。

(コナカ……)

許さない。母を陥れた男。
私は許さない。小中大。
いつか、この手で彼を裁いてみせる。
この胸に輝く、バッジにかけて。
……それが、私の目的。


ある依頼が事務所に持ち込まれたのは、それからしばらくたった頃だった。
留置所を出てきて、振り返るとぶすっとした表情のなるほどくんと目が合った。

「どうしたの」

察しはついているのだけれど…あえて、聞いてみる。

「……あいつの弁護、受けるんですか?」

ぼそりと一言だけ、返ってくる。

「受けるわよ。断る理由もないでしょう?」

軽く笑ってみせると、なるほどくんは頬を膨らませて横を向く。 どうやら、本気で拗ねてしまったらしい。
今回の依頼人は、二十代の男性。恋人であった女性を殺害した疑いで逮捕されている。
彼の証言は曖昧で、確かに無実かどうかはまだ判断しかねる状態だ。
でも、ここまでなるほどくんが怒る理由は他にある。

「最低ですよ、あの男!話してる最中も、ずっと…」
「ずっと?」

首を傾げて言葉の続きを待つ。
なるほどくんの視線が私の胸の辺りに移動して、慌てて逸らされた。

「いやいやいや……とにかく!あいつは無罪じゃないかもしれませんよ?」
「そうね。でも、そんなことはまだわからないわ」

立ち止まり、腕を組む。なるほどくんもつられて歩みを止めて、私の方を振り返った。

「わからないのなら、この手と足でわかればいい。真実を掴むのは自分自身よ」

嘘と真実が同時に存在するこの世の中で、確かなものはたった一つの真実だけ。
助けを求める人に差し伸べるのは、この腕と揺るぎのない信頼の心。

「依頼人を信じる。それが私のモットーよ」
「所長……」

私の言葉に、なるほどくんはぽかんと口を開けた。
そして、みるみるうちに高潮していく頬。 開きっぱなしだった口をやっと閉じたかと思うと、彼は短く叫んだ。

「かっこよすぎ!」

まるでヒーローを目の前にした小学生のように、なるほどくんは目を輝かせた。
その様子に私は、思わず笑ってしまった。

面会を繰り返し、深く調査をしていくにつれ。
状況は厳しくなっていった。どうも被告には、被害者以外にも付き合ってる女性がいたみたいだ。

「ろくでもない男、ね」
「だから言ったじゃないですか。あいつはひどい男なんですよ」
「知り合いでもない人を主観で侮辱する弁護士なんて最低よ」

二人並んで、歩く。
ここは被告と被害者が通っていた大学。私たちは周りの人々に話を聞くため、この大学を訪れていた。
なるほどくんとあれこれと会話としていると、ひっそりと近づいてきた人影に気がつく。
帽子を目深にかぶり、どことなく暗い雰囲気の男性になるほどくんは露骨に眉をしかめた。
私たちの目の前で立ち止まった男は、小さな声で問いかけてきた。

「あなた……弁護士さんですか?あいつの…」

被告の名前を、とても小さく呟いて俯く。

「そうだけど……あなたは?」
「亡くなった彼女の、友人です……」

その悲痛な言い方に、私たちは全てを理解する。

(殺された女の子が好きだったのね……)

「あいつは、彼女を殺したんでしょう?」

力ない言葉尻のまま、その男は質問を続けてきた。
裁判もまだ行われていないし、調査内容も曖昧なままだ。ここで頷くことはできなくて、私は困惑した。

「まだ、わからないわ。私たちは…」

首を振り、彼の質問を流そうと口を開いた次の瞬間。

「あいつが殺したんだ!あいつが!」

男がいきなり叫んだ。突然の行動に、私は小さく悲鳴を上げて後ずさった。
その私の肩に、なるほどくんがとっさに手を添えてくれる。

「どうしてあんな奴の弁護なんてするんだよ!?」

帽子の陰からのぞく、彼の目と私の目が合う。
生気のない声を出していた先程からは想像もつかない、燃える様な瞳で私を睨む。
肩を掴まれそうになって、私は身体を震わせた。

「やめろ!」

なるほどくんが私と男の間に入り、私から男を引き剥がした。
通り過ぎる学生たちが、何事かと歩みを止める。それでも男は、声を押さえもしないで叫び続けた。
弁護士バッヂを、胸に掲げる私を睨みつけながら。

「殺してやる…お前も殺してやる!!」

 

 

 

   
・.・. next


________________________________________________________________________________________________________________________________________________________________________________________________________________________________
top> such a lovely place