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「参ったわね……」 思わず、弱音が零れ落ちてしまった。 「裁判は明日、ですね」 私と同じく神妙な顔をしたなるほどくんが、ぽつりと呟く。 ───男に詰め寄られた時、守ってくれた大きな手。 それがどんなに温かくて、心強かったか。 (……ありがとう、なるほどくん) でも。この言葉は、言わない。 他人に頼りたくない。 「千尋さん」 いつもは呼ばない名前で呼ばれ、思わずどきりとする。 「千尋さん……この依頼、断りましょう。いや、ぼくが代わりにやります」 彼がこうして、私に反論するのは珍しいことだった。いつもは隣で頷いているだけなのに。 しばらく、事務所に沈黙が流れる。 「千尋さん……理由なんてないです」 数回、瞬きを繰り返した後。なるほどくんの目が、私を正面から捕らえる。 「心配だから、じゃ駄目なんですか?」 その射る様な視線に、私は動けなくなってしまった。 「千尋さん、ぼくは」 逃げられない。でも。 (……聞きたくない!) 「やめなさい!」 「私は私のやり方で、やってきたの。一人で、ずっと」 「あなたに口出しされたくないわ。はっきり言って、迷惑よ」 私には必要ない。安心して頼れる、腕なんて。頼りたくもない。 「今日はもう帰っていいわ」 立ちすくむ彼の目の前を横切り、ドアの前に移動する。わざと音を立てて、ドアを開いてみせる。 「帰りなさい」 眉を下げ、泣きそうな表情で私を見るなるほどくんを睨みつける。
───ごめんね、なるほどくん。 ・ 次の日。地方裁判所・弁護人席に私は立っていた。 「綾里弁護士?」 裁判長に名を呼ばれ、私は我に返った。 「すみません…弁護人側、準備完了しております」 そう宣言して、ふと視線を法廷内に泳がせた先に。 (───!!) ぞくりと、背中を寒気が走る。視線の先には、あの男。 『殺してやる…お前も殺してやる!!』 昨日投げつけられた言葉が、今また蘇ってきて。 (………大丈夫…大丈夫よ、千尋) 自分に言い聞かせて、心を落ち着かせる。 (私は弁護士なんだから。一人で戦えるわよね、千尋) そして私は、前を見る。 ・ 不安に思うことなんて、なかった。 「……では、10分間の休憩を取りたいと思います」 カン、と木槌が振り下ろされて、法廷にざわめきが生まれだす。 「所長!!」 なるほどくんの声が聞こえた。 男が、ゆっくりと腕を上げた。その手には何か金槌のようなものが握られていて。 (助けて!!) 「千尋さん!!」 耳元で響いたのは、何かを殴る鈍い音。少し遅れて、上がる悲鳴。 「取り押さえろ!」 ばたばたと音を立てて、係官が駆けつける。そして暴れる男を捕まえた。 「千尋さん?」 どうして、こんなにも遠いのか。それは耳元で囁かれて、やっと理由がわかった。 「怪我、ないですか?大丈夫ですか?」 言葉が出てこない。返事の代わりに何度も頷く。 「なるほどくん……」 ぼんやりとしたまま、名前を呼ぶ。 「なるほどくん、あなたは怪我ないの!?」 確かに聞こえた、鈍い音。何かが殴られた音。 「肩を、少しだけ……」 身体を少しだけ離すと、なるほどくんはへらりと笑ってそう答えた。 「馬鹿ね……」 ゆるやかに腕を滑らせる。そして彼の背中しがみついた。きつく、スーツを握る。 「本当に、馬鹿」 ───それでも隠し切れなかったのは、声。 ・ 「結局、無罪だったんですか?」 裁判所の帰り、狭いタクシー内に二人、肩を並べて。 「でもびっくりしました。いきなり、傍聴席から男が千尋さんめがけて走っていって…」 結局、あの男はあの場で緊急逮捕された。 そしてその男は、自ら犯行を自白し始めたのだ。 「怪しいって言ってたでしょう、ぼく!」 微笑みながらそう切り返すと、なるほどくんは眉を下げ笑って誤魔化した。 「でもよかったです、千尋さんに怪我がなくて」 優しく目を緩ませ、なるほどくんは呟く。 「………それに、遅刻したこと怒ってなくて」 かなりの小声でも、それはしっかり私の耳に届いた。振り向いて、首を傾げる。 「遅刻?」 顔を横に振り、なるほどくんは早口に弁解した。 「あなた、私が昨日言ったこと……」 何のことだかわからない、といった様子でなるほどくんが瞬きをする。 (私の言葉に、傷付いたわけじゃなかったのね……) その顔に、安心した途端。 「ありがとう」 そう一言だけ呟いて、目を閉じる。 「!!!!!ち、ちちち千尋さん!!!!」 顔を真っ赤にさせて動揺するなるほどくんの、包帯のない方の肩を抱き寄せて。
ごめんね。ごめんなさいね。 それでも時々、あなたの肩を借りてもいい? ………そして、いつか。
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無駄に長いですが。ほのぼの、最後はチョト悲しい風味で。 完璧じゃない王子様のなるほどくんが好きです。この話だと王子というより、騎士かな? 千尋さんは、やっぱり弱い女性で。下手したら真宵ちゃんより弱いと思います。 一人で大丈夫、って言い聞かせるような人は大丈夫じゃないでしょう。 一度、甘えたらふにゃふにゃになってしまうイメージ。強がり言って突っぱねる姿に萌え。 |
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