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「……御剣?」 グラスに飲み物を入れて戻ると、彼は深い瞳をして考え込んでいた。 「呼んだか?」 しばらくしてぼくに気がついた御剣に首を振り、答える。グラスを手にした御剣は、また口を閉ざした。 DL6号事件解決から2週間─── 「成歩堂。こんなところにいて、仕事はいいのか?」 これは嘘だ。 あの裁判の後、ぼくの名前は一気に知れ渡った。 「君は最近どうなの?」 ふぅん、と呟きつつ彼を見つめた。 『やっぱりおかしいッス、御剣検事は』 今日、警察署の廊下であった糸鋸刑事の言葉を思い出した。 『審議の途中で急に考え込んだり、検察側に不利な証拠品を提出したり…』 今日、彼が担当した裁判は有罪だったと聞いた。しかしそれはあくまでも結果的には、だ。 (……余計な感情、か) 再会するべきではなかった。そう彼に言われたのは、少し前のことだ。 パリン、と鋭い音が部屋に響いた。 「…!…御剣っ!!」 顔を上げると、右手を濡らして呆然とする御剣の姿。 「何やってんだよ!」 ガラスの破片をぼんやりと見つめている御剣の肩を抱き、急いで流しへと連れ込む。 「…………」 一人暮らしの家に救急箱なんて置いてないのが普通だろう。ぼくは仕方なくタオルで御剣の右手をきつく縛った。 「ほんとにもう…ボーっとするのにも程があるぞ」 ぼくは手を止めて彼を見た。皮肉めいた笑みを浮かべ、彼は呟く。 「迷いや不安…情…全ての物は検事に必要ない。私はそう習った」 狩魔豪検事に───御剣はその名を口にしなかった。 「しかし、どうだ。今の私は」 傷付いた手で自分の身を抱く。乾いた口調とは裏腹に、その表情は苦悶に歪んでいた。 「無様なものだ。ありとあらゆる感情に踊らされ、すべてを見失い……」 ぼくは何も言えない。言えずに彼を見つめる。 「完璧な勝利を納める事のできない検事なんて、法廷に必要ない」 辛うじて発した声は、御剣に一喝されてかき消されてしまった。 「被告の有罪を立証できなかった検事など、存在する意味がない!」 止めようと彼の手を握ると、渾身の力で振り払われる。そしてぼくを振り返った。 「君が……!!」 瞳に浮かんでいるのはまぎれもない憎しみの感情。負の感情で満ちた視線をぼくに投げつける。 「……成歩堂、君が私に触れたからだ!」 真正面から憎悪の念をぶつけられ、ぼくは動けなかった。混乱する頭で彼の非難を受け止める。 「私は今まで、こうして生きてきた! 君からの手紙に答えなかったのも、かかわって欲しくなかったからだ!」 何も言えない。言葉の代わりに、ぼくは彼の名前を呼んだ。 「……私はあの生活に、何も不満はなかったのだ。救ってほしいなんて、私は言っていない!」 眉を中央に集め、御剣は視線をぼくから外した。 そして、苦しげにそう言い切った。 「君が私の目の前に再び現れなければ……」 それは嘘でもない、まぎれもなく彼の口から出た真実だ。 ───ぼくに、この真実を逆転することができるのだろうか?
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