top> 罪と罰 [後]

 


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「御剣、本気で言ってるのか……?」

成歩堂は呆然とした様子で呟いた。目を、そのまま見開いて。

勢いに任せてぶつけた言葉は、まぎれもなく真実だ。嘘ではない。
彼は何も言わなかった。ただ黙って私の非難を一身に受けていた。

そして最後に、私の言葉の真意を問うた。
私は微かに頷いて見せる。彼から視線を逸らして。

しばらく、重い空気が部屋の中を流れる。

私は傷付いた右手を、再び机に振り下ろした。痛みを、この身体に感じさせるために。

「御剣!!」

驚いた成歩堂が、身を挺して私の手をかばった。その彼の手を、力を込めて振り払う。

「御剣……御剣!!」

涙交じりの声で、成歩堂が腕にしがみついてきた。
再度振り払おうと力を込める。

「は、なせ……っ!」
「御剣!」

全身の体重を掛けてきた成歩堂の勢いに押され、ともに床へ倒れてしまった。
激しい音が部屋に響く。床に倒れこんだ成歩堂が、それでも私の手を握ろうとする。
私の中の、何かが音を立てて切れた。一瞬で血が頭に上る。

「……貴様は!!」

そのまま馬乗りになって、胸倉を掴む。
先程巻いてもらったタオルに、血が滲んでこようとも 私は力を抜かなかった。
怯えたような表情を浮かべる成歩堂に感情任せの言葉を投げつける。

「貴様がその押し付けがましい正義感で、私を滅茶苦茶にしたのだ!
今更、気がつかない振りをするのか?貴様がその手で全部壊したんだろう!
無実という、もっとも高潔な言葉を使ってな!私の生き方、在り方、検事としての立場を奪ったのは
他でもない、成歩堂…貴様だ!」

首を絞める形となっていた私の手を、成歩堂は苦しげに押し返そうとした。
私は容赦なく手に力を込める。 ───ただ目の前の男が憎くて憎くて仕方がなかった。

「教えてくれ……私はこれから、どう生きたらいい?
錯綜する事実と嘘の中で、真実だけを救い上げることの出来る、君にならわかるだろう?」

腕の力を抜いて、私は彼との距離を少しだけ広げた。
弱々しい咳を数回して、成歩堂は私を見据える。

「……君は、君が正しいと思う道を行けばいい」
「ハッ!」

思わず笑ってしまった。笑みを浮かべたまま、成歩堂に詰め寄る。

「私の判断基準はなんだったと思う?考えなくてもわかるだろう?」
「狩魔検事はもういない……君が自分の足で立てばいい」
「それが出来ないから貴様に聞いているんだ!」

ばん、と音を立てて右手を床に打ちつけた。びくりと身体を揺らして、成歩堂は私を見る。

「いきなり一人で立たされても、歩けない。私は今まで狩魔豪という人間に依存していた」

───完璧という名のもとに有罪を立証する…すべての被告人を、有罪に。

検事となってからの4年間。私はそのルールとともに法廷に立っていた。
……しかし。

「今の私はそれすら出来ない!私は必要ないんだよ。君に負けた、検事など!」

固い床に何度も拳をぶつける。傷がついているはずの手のひらは、不思議と痛みは感じなかった。
かわりに悲鳴を上げたのは成歩堂のほうだった。
泣きそうになりながら、手を伸ばして私の手をかばう。

「……離せ!成歩堂!」
「わかった、わかったから……」

突き飛ばそうと腕を振る。その腕を抱きしめて、顔を伏せて。成歩堂は何度も何度も呟いた。
───わかった、と。

「君は何も悪くない。判決も、被告も、証人も……」

ぽつりと彼は呟いた。そして顔を上げる。

「悪いのはぼくだ、御剣」

泣いているかと思った。でも彼は泣いていなかった。
真っ直ぐに私を見返す。嘘のない瞳で、静かに告げる。

「完璧な君を負かした、ぼくが悪いんだ。君は悪くない」

(どうして、君はいつも)

先に傷つけたのは自分だ。憎んでいる、と言った事も嘘ではない。

(そんなにも、私を信じる……?)

頬に涙を感じた。泣いてるのは彼じゃない。私の方だ。

「悪いのはぼくなんだから…ぼくを罰すればいい。君は罰を受ける必要なんてないんだよ」

痛む手を動かす。そして、彼の頬に両手を添えた。

「……さすがだな、君は。君が言い切ることは、すべて真実に聞こえる」
「だてに、ハッタリばかり言ってるわけじゃないよ」

瞳を正面から合わせ、笑う。 笑うと目尻にたまった涙が頬に落ちていった。
少し強引に、顔を引き寄せる。そして貪るような口付けを彼に与えた。


私の部屋には、音を発するものがない。
時計は秒針のないデジタルだし、耳障りなだけのテレビも滅多につけない。
薄暗い部屋に響くのは、ただ一人の呼吸音。

「………ん……」

身じろぎをして、成歩堂が声を発した。起きるかと思ってしばらく見ていたが、どうやら起きる様子もない。
あまり深い眠りではなさそうだが、すぐに目が覚める性質の彼ではない。
シーツから覗く手首に、目を留める。

(………手当てをするという程の、怪我ではないらしいな)

狭いベットに男二人で眠るには、身を寄せあうしかない。
自分にひどい仕打ちをした男の胸に、成歩堂は安らかな顔をして頬を摺り寄せていた。
───彼の身体に残る、数々の傷。

罰してくれ、と彼は言った。そして私は、彼を罰した。

手ひどく彼を犯したことは、実は初めてではない。
日頃、塵のように少しずつ溜まっていく鬱憤を彼にぶつけ、ただ散らす為だけに彼を抱いてた。
最初は抵抗した成歩堂だが、もう最近では何も言わずに抱かれるようになった。
苦しげに、眉を寄せて目を閉じて。

昨夜のように憎悪の言葉をぶつけたことは初めてだった。
それでも彼は、この私を信じるというのか。

(こんな)

「私は……………」

(こんな関係は)

「私は、成歩堂を」

(まともじゃない)

「愛している…………」

言葉にした途端、涙が溢れた。

私はここにいてはならない。
こんな、歪んだ愛情でしか彼に触れることが出来ない自分は。
ただ私を信じ続け、真っ直ぐに愛してくれるこの男を苦しめる存在は。

法廷に立っても、有罪と真実の間で動けなくなる役立たずの検事とともに。

殺してしまおう。

 


───検事・御剣怜侍は死を選ぶ。




●   
・.

 

 


















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検事失踪の理由。それは重い現実から逃げ出すためだったと思います。
1-4は大エンディングだったと思うけど、よくよく考えたらそうでもないよね。
なるほど君(プレイヤー)は無実を勝ち取ってすっきりしても、
ミタンは残酷すぎた真実を突きつけられて… 失踪するのも仕方がない。
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