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 担当していた裁判を有罪で終え、私は疲労した身体を何とか奮い立たせ裁判所の出口へと向かっていた。明け方近くまで現場検証をしていたおかげで身体が重い。そのまま法廷へと立ったのだから、眠気と相まって体調は最悪だった。今日は早く帰ることを決め、足を引きずるようにして廊下を曲がった。
 その時、見慣れた青色が視界をよぎった気がして私は発作的にそれを追った。
 振り返った場所は裁判所のエレベータの前。
 その中にあったのは、明るい青色のスーツ。成歩堂は書類を抱えたまま俯いていて私の姿には全く気が付かない。巨大な扉は左右から同じ速度で進み、ぱくりと彼の姿を食べてしまった。私は即座に上を見、階数表示を確かめた。リズムよく数字が減っていく。それはすなわち、彼が下へと降りていくことを示していた。
 気が付いたら走り出していた。普段あまり人に使われることのない階段を、私はほとんど転がるようにして降りていた。ぐるぐると螺旋状に続く階段に目が回り始め、それが永遠に続いているような感覚に見舞われる。それでも私は足を止めなかった。
 みっともない。今まで培ってきたプライドが批難する。何をそんなに必死になっている?と。
 うるさい。もう一人の自分がそれを打ち消した。好きなものを欲しがって何が悪い。欲しくて堪らないものを必死に追い掛けて、一体何が悪いというのだ。
 何てことはない。私は欲しかったのだ。ただ単純に、あの男がとても。自分のものにしたくて、でもそうではない現実に苛立ちを感じていた。うまくいかない状況に焦れていただけなのだ。
 私は君の言うとおり、意気地がなくて、プライドだけは誰よりも高い。それを隠し通すためならば相手を見下したり責めたりもする。
 ───君はぼくが、欲しいんじゃないの?
 ああ、すごく欲しい。私は君が欲しいのだ。みっともなければ笑うがいい。嫌いたければ嫌うがいい。それでも私は成歩堂、君が欲しい。自分などどうでもよくなってしまうほどに。
 ようやく一階に辿り着き、エレベータの前で私は停止した。何とか顔だけを上げてエレベータの到着を待った。右側にあるランプが転倒し、ゆったりとした動作で扉が開いた。
 その中に。私が追い求めていた姿が現れた。
「み、御剣……?」
 成歩堂は大きな目をさらに大きく見開き出迎えた私の名前を呼んだ。私は両手を両膝についた状態で彼を睨み付ける。
「何、してるんだ?」
 それに気圧されたのか、それとも親友兼ライバルがエレベータが着くのを待ち構えていたことに驚いたのか、うろたえた様子で問い掛けてきた。答えようにも息が上がってなかなか言葉が繋げない。疲労の上、全力疾走をした私の身体はおかしいくらい疲れ果てていた。
 相手に気付かれないように何とか息を整え、一旦口を閉じる。前屈みの格好は直せなかったが。そして、訝しげに眉を寄せる彼に向けて言い放ったのはこんな一言だった。
「わ、私に構わないでくれ」
「そう?」
 必死の強がりに成歩堂はあっさりと頷いた。そして私の横をすり抜け出口へと向かおうとする。思わず口を開いた。
「私を置いていかないでくれ……」
 ぴたりと成歩堂は足を止め、げんなりとした表情を作り出し私を見る。
「どっちだよ」
 呆れながらも動けない私の横まで来て手を差し出してきた。
「ほら、掴まれって。意地張りすぎるのもどうかと思うぞ」
 右腕を取られ、そのまま彼へと寄り掛かりそうになった。力の抜け掛けた右足にぐっと力を入れ彼の身体を押し戻そうとする。
 しかしそれは不完全で、私は彼の身体へと寄り掛かってしまった。唸るように呟く。
「やめてくれ」
「意地っ張りだね、君も」
 頑固な私に成歩堂は怒るどころか吹き出した。まるで力の入らない私の足を代わりに支え、肩を組んだ状態でゆっくりと歩き出す。それに間抜けにも歩調を合わせながら、私は成歩堂と共に足を進め始めた。彼の優しさを噛み締めつつ、素直ではない私は続けて呟く。
「私は、私になどなびかない君が好きなのだ」
「不毛だな。それなら他をあたれよ」
「それは難しい要望だ。君以上の人間などそうそういない」
「あーはいはい。どうもありがとう」
「だから成歩堂、早く私に抱かれてくれ」
 成歩堂が私に肩を貸したままがくっと膝を折りそうになった。二人でバランスを崩しかけ、慌てて踏ん張り何とか体勢を保つ。いつもよりお互いの顔が近い場所で成歩堂は屈託もなく笑った。それだけでせっかく落ち着きかけていた心拍数が容易に上昇する。
 ああ、いつか。この微笑みが愛情のものに変わりますように。そう願わずにはいられない。素直でない君が、素直に私を好きという言葉を聞きたいのだ、私は。
 成歩堂は私のひそやかな願いには気付かずに笑いながら言う。
「ある意味素直だよな、お前。自分に正直すぎるところは尊敬するよ」
「惚れたか」
「惚れてないよ」





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モバイルサイト1000hit・池之神聖士朗さまからで、
御剣の猛アタックを軽くあしらうナルというリクエストでした。
お待たせしすぎで土下座したい気分です!
御剣ロジックも恋愛関係だと精度を欠くという(笑)
素敵リクエストをありがとうございました!


 

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