はみちゃんがものすごく真剣な顔して、
「真宵さま。"本当の愛"とは、どういうものなのでしょうか?」
なんていきなり言い出すから、あたしは思わずチャーシューを喉に詰まらせてしまった。
ぐ、と言葉を詰まらせたあたしを無視してはみちゃんは話を続ける。
「真宵さまとなるほどくんのあいだには、"本当の愛"があるのですよね?」
「はみちゃん!何言ってるの!」
目の前にあるすでに出来上がったカップラーメンに手もつけずに、はみちゃんは小さな首を傾げる。
そしてはぁ、と悩ましげなため息を吐き出した。
「わたくしにはわからないのです…"本当の愛"というものが」
まつげを伏せ、しみじみと呟く。あたしはとりあえず水を飲んで呼吸を落ち着かせた。
(…………なんて答えたらいいんだろ)
はみちゃんがこういうことを言い出した時、いつもならなるほどくんに話をふるんだけど…
残念ながら今、彼は留守だ。
そのためにあたしとはみちゃんはお昼ご飯を外に食べに行くこともできず、こうして事務所で二人
カップラーメンを啜っていたのだった。はみちゃんは澄み切った純粋な目であたしをじっと見つめてくる。
困ったあたしは、いったんお箸を置いてはみちゃんと向き直った。
向き合ったのはいいけど、今のあたしには"本当の愛"なんてものを詳しく説明できるわけがない。
何か言おうととりあえず口を開いた時。
「たのもー!!」
バーン!と大きな音が事務所に響き、あたしとはみちゃんはビックリして飛び上がった。
二人、勢いよく事務所の扉を振り返ると。
「ヤッパリさん!」
「マシスさん!」
あたしとはみちゃんは同時に叫んだ。
黄色いジャケットを着たひょろりとした男の人がぐっと左手の親指を立ててあたしたちに見せてきた。
「よっ!真宵ちゃんに春美ちゃん!久し振り!」
ヤッパリさん、そしてマシスさんと呼ばれるこの人は、なるほどくんの友達の矢張政志さんだ。
なるほどくんの古い友人らしい。けど、この人の話をするとなるほどくんはいつもものすごく嫌そうな顔をする。
にこにこと笑う彼にあたしは食事の手を止めて立ち上がった。
「どうしたんですか?なるほどくんなら出掛けてますけど」
「誰が男に会いに来るかよ!真宵ちゃんと春美ちゃんに会いにきたんだよ!」
「あたしたちに?」
「まあ!」
顔に両手を当て頬を染めたはみちゃんと、目を丸くしたあたしに向けてヤッパリさんは片目を瞑る。
「この前の事件で初めて知ったんだよ、オレ。真宵ちゃん霊媒できるんだって?」
「え…」
その問い掛けに、あたしは少しためらった後に頷いた。
別に霊媒できることをあたしたちは隠してるわけじゃない。言ったとしても信じてくれない人が大半だからだ。
でもまあ、この人はなるほどくんの友達なんだし。 知られても何も困ることはない。
あたしが頷いたのを見て、ヤッパリさんはさらりと次の言葉を口にした。
「オレも霊媒してほしいヤツがいるんだ!」
突然のお願いにあたしとはみちゃんは目を丸くした。
そんなあたしたちにヤッパリさんは、いつもの笑顔を一瞬だけ消してこう告げた。
「ミカに…高日美佳に会わせてほしいんだ」
霊媒自体を知られることは別に構わない。でも、霊媒のお願いとなると話は別だ。
あたしは返事ができずに腕を組んでうーんと唸った。
「頼むよぉ!呼んでくれよぉ!」
目をうるうるとさせて見上げるヤッパリさんに、あたしはすっかり困ってしまった。
葉桜院の事件が解決した今…里以外の場所で霊媒することは、里の人たちに禁止されていた。
霊媒が引き起こした事件だ。また何か起こるかもしれない。
今はお姉ちゃんを呼び出すことさえも止められているのだ。
「金なら持ってきたからよぉ!」
ヤッパリさんはどこからか取り出してきた封筒を無理矢理、あたしの手に押し付けてきた。
驚いたあたしは慌てて首を振る。
「いいよ!お金なんて取らないよ。でも……」
「頼むよぉ、真宵ちゃん…」
それでもぐいぐいと押し付けられて、あたしは受け取ってしまった封筒を手にしたまま困惑してしまった。
はみちゃんも眉を寄せてヤッパリさんを見つめる。
「高日美佳さん…って」
そう、確かそれはまだあたしがなるほどくんと出会う前の話だ。
お姉ちゃんとなるほどくんに聞いた事がある。ヤッパリさんが被告で、なるほどくんが初めて弁護した。
その時の被害者が高日美佳さん。───ヤッパリさんの恋人だったらしい。
「アイツに会いてえんだよ……」
ヤッパリさんの切羽詰ったような言い方と縋るような目を前にして、あたしは
はっきりと首を振ることができなかった。
「真宵さま…」
事情を知っているはみちゃんが気遣わしげにあたしを見上げる。
そこであたしはあることを思いついた。うん、と一度だけ大きく頷く。
「わかった」
「真宵さま!?」
「準備するからちょっと待ってて」
慌てるはみちゃんの手を引っ張り、所長室へと引っ込む。
扉を閉めると、はみちゃんが噛み付くような勢いで声を張り上げた。
「いけません、真宵さま!霊媒をするなとあれほど…」
「しーっ!」
側にあったテーブルクロスの端を引っ張り、手荒に剥いだ。
目を丸くするはみちゃんの前であたしはそれを頭からすっぽりとかぶった。
自分の顔が布で隠れることを確認すると、横に立つはみちゃんに向き直る。
布の隙間からわずかだけ覗いているあたしの目に気がつくと、はみちゃんはもっと目を丸くした。
「真宵さま…?」
「はみちゃん。ちょっとだけ、付き合ってね」
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