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 うなじ。肩。背骨。確かめるように次々と口付けを落としていく。その度に彼は切れ切れの声を上げる。それはきちんとした言葉になってはいない。が、明らかに日本の言葉とは違う。外国の、異人の言葉。
 部屋の電気を消さなかったのはわざとだ。そうでもしなければこの夢に溺れてしまいそうだった。成歩堂にそっくりな、けれども別人をこの腕に抱いている悪夢のような現実を。
 当たり前だが部屋に潤滑油などなく、私は時間と自分の唾液を使って彼をほぐした。舌全体を使って彼のそこを舐め、先を中に捻じ込み、徐々に開いていった。指を差し込んで回し、自分の入る隙を作り出した。その度に彼は悶えた。ハッ、ハッ、いう短い息を吐き出して腰を高く上げて、私のされるがままになっていた。もしかして、同性との行為は初めてではないのだろうか?ふいに浮かんだ疑問は大きく成長した自分の性器の温度に解けて流れていった。
 濡れた彼の後ろに、同じように濡れた自分の性器をあてがうと流石に彼の身体は硬直した。シーツを掴む手が震えている。私はその様子を見つめながら腰を進めた。性器が次第に熱に包まれていく。他人の中に入っていく。

───……っ」

 中の抵抗はとても強くてそのまま外に押し戻されそうになる。一旦引き、反動を付けて進む。その度に彼の身体は反る。前屈みになる。痛みに翻弄されながら彼は私を受け入れる。
 ようやく自分を根元まで埋め込むと、腰を掴む腕に力こめて自分と彼とをさらに密着させた。奥まで突かれ彼は呻く。後ろから見る裸の背中が先程よりも弱々しく見える。

「大丈夫か……?」

 余裕のない様子に思わず日本語で問い掛けてしまった。通じるはずがないのに。誰かと、間違えてしまったのかもしれない。
 彼は首を捻り、後ろから自分を犯す私を見た。目に涙を溜めながらも口元には笑みが浮かんでいる。青い瞳が私を見返す。唇がわずかに揺れた。零れる呟き。

「All right.……Go on.」

 掠れた声に導かれ、私は腰を少し引きすぐに突き上げた。衝撃に彼の喉がヒッと鳴ったのがわかった。それを合図にして私は律動を始めた。彼の中を貪り尽くすために。
 ベッドの軋む音、私の腰と彼の双丘がぶつかる音、繋がった場所から溢れた液体と空気の交じり合う音。
 複数の音が重なり合い部屋に響く。しかし何よりも自分の耳に入り込んできたのは、貫いた彼から生まれる英語混じりの喘ぎだった。意味を成さない音の羅列は、彼の感じている痛みと快感を表現しているのだろう。内容を理解することは不可能だが、決して不快ではない響きがそこにあった。
 耳を掠るその喘ぎを流しつつ腰を振る。自分の、彼の快楽の場所を刺激するように。喘ぎはさらに激しくなり、彼は悶えた。短い声、高く、上擦る声。詰まる息。それは泣き声のような。
 喘ぎ声はどの国でも同じようなものなのだな、と腰を振りながらそんなことを思った。
 勢いよく彼の中に滑り込んだ私の先端が彼の中の行き止まりに当たり、そこがきゅっと窄まるような気がした。痛いくらいに噛み付くそれがとても気持ちがいい。ハッと私は息を吐き出した。

───ッ、なるほ……」

 途中まで呼んで声が詰まった。違う。この男は成歩堂ではない。
 もっと強く突き上げた。呼び掛けた自分の声が、抱かれる彼に届かないように強く。彼は声を上げた。大丈夫だ、きっと聞こえていなかった。
 上下する肩。肩甲骨がふたつ、くっきりと皮膚の表面に浮き出ている。尖って流れる髪。見れば見るほど似ている。この男は成歩堂ではないのに。断ち切ったのは自分の方なのに。彼の存在は自分に必要ないと思ったのに。もういらないと思ったのに───
 喉のすぐ下にまで迫ってきた名前を堪える為に腰の動きを早めた。成歩堂ではない、違う、成歩堂では。
 そうやって否定を繰り返せば繰り返すごとに心は彼の名を呼んでしまう。律動を激しくしようと無心に腰を動かす度に彼の顔が脳裏にちらつき始める。それを追い出す。今の行為に集中しようとする。しかし、自分が犯している相手の顔が見えない。見えなくて、私は考えてしまう。彼がどういう顔で喘いでいるのかを。彼がどういう表情で私を受け入れているのかを。
 想像してすぐに浮かぶのは彼の顔。日本にいる頃によく見た。それはあの男の。成歩堂の。
 ああ、違う、成歩堂ではない。
 混乱しているのが自分でもよくわかった。触れ合う濡れた部分と、生まれる摩擦と、自身を包む温度と。それだけを追いたいのに。肉体的に感じている快楽は叫びだしたいほどに気持ちがいいのに。
 こんなにも彼が自分の中に残っているのかと自覚した。こびり付いたまま取れないのだ。彼の存在が。
 腰を支える手を動かして自分を受け入れている肌を撫でる。しっとりと汗ばんでいるそれはとても熱く、愛おしく感じた。しかし数秒後にはその矛先がどこに向いているのかがわからなくなった。自分が愛しいと思うのは今この手に抱いている彼なのか?
 そう思うのは。私が、自分が、思う相手は?いや、違う。成歩堂ではない。違う、違う、違う───……

「……っ、ク、ぅ……!」

 精を放つその短すぎる一瞬に。意識に浮かんだのは今抱いている相手のことではなかった。
 必死に奥に奥に捻り込もうとしていた性器を、今度は逆に思い切り引き抜く。容赦のないその摩擦に彼はびくびくと身体を揺らす。私は手のひらで押さえ付け、相手の背中に遠慮することなく体液を放った。痙攣を繰り返して赤黒い棒が白い液体を吐き出す。目に見えない流動にぞくぞくと背中が波打つ。
 ひとしきり散らした後、私は大きく息をついた。

「すまない……」

 息と同時に言葉が出た。意図していなかった言葉が。許しを請うような、祈りを捧げるような。その小さな謝罪は何に対してのものか。乱暴に扱ったことを詫びたのか。汚したことを詫びたのか。それとも?
 彼はうつ伏せのままだった。うつ伏せのまま背中を微妙に上下させ、乱れた呼吸を繰り返す。その格好のまま私の声にぴくりと身体を反応させた。日本語の謝罪。彼には耳慣れない、理解できない私の言葉。
 しかし彼は呟いた。手の下にあった布を握り締め、首を捻り、覗き込む私を涙目で睨みつける。涙のおかげか、つるりと滑らかに光る青い瞳。

「……I do not forgive you.」

 許さないよ。
 いかにも彼が言いそうな言葉に笑いが漏れた。
 私は自分の体液で汚れる彼に手を伸ばすことすらできずにいた。そして彼も私に寄り添うことはしなかった。狭いベッドの上、お互いの身体を触れさせないように意識して距離を作る。どちらも少しも動かずに。冷えた皮膚に、よそよそしい空気と何とも言えない罪悪感がちくちくと突き刺さるような気がした。
 セックスの後はこんなにも虚しいものだっただろうか。
 一度射精した後に必ず訪れる無気力感。それは以前から知っていたはずだ。なのになぜここまで胸が痛いのか。原因を少しでも探ろうと、過去のそれを思い返してみる。セックスの後に流れるたおやかな時間。私は何を感じていたのだろうか。何を思い、何をしていた?

「…、………」

 しばらくして彼は何か呟いたようだった。私ははっと顔を上げる。名前だと瞬間的に気が付いた。そしてそれが自分の名前ではないことも。
 彼は青い目を私から離す。私も目を伏せる。
 自分も呼び返したかった。いつもしていたように名前を呼んで、口付けをしたかった。けれどもそれは叶わなかった。今ここにいるのは彼ではないとわかっていたからだ。
 別人の背中を眺めるうちに思い出すことができた。
 セックスの後、私はいつも幸せだった。汗のひいた、それでもまだ温かみの残る皮膚に唇を寄せて抱き締め合う。もっと触りたい、深く繋がりたいという何とも単純で、しかし何よりも純粋な願い。その望みを果した後は充実感でがいっぱいに満たされた。
 そんな時間を私は少し前に何度も経験した。この国ではない場所で。この男ではない相手と。

 その相手は他の誰でもない。もう二度と会えない、成歩堂。


 

 

 

 

 

 

 

 

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検事チームは失踪という名の海外研修に出掛けてましたという話。
そして、やっぱりフェニックスさんもなるほどくん同様やさぐれていましたという妄想。


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