2018年7月27日 空港 ロビー
ざわめく空港とは逆に、ぼくたちは二人とも無言だった。肩を並べ、同じ方向へと向かっているのに言葉を交わさない。
ぼくは、横目で奴の顔を伺いつつ離れていた日々を頭の中で数えていた。
確か、一ヵ月半振りだ。あの後も御剣は海外へと数回渡っていた。その度に御剣はぼくに、生真面目に出発する日と乗る飛行機の時刻、研修の期間を連絡してくる。終わり頃には帰国する日を必ず教えてくれた。
ぼくはそれを見張りと称し、いつも奴を一番に出迎えていた。
『ぼくがおかしい事をしないようお前がぼくを見張ってろよ』
その言葉が今でも御剣を縛っているのだろう。それでいい、とぼくは身勝手に考える。実際にあれをどうにかして御剣を陥れるつもりなんてない。でも、許して解放するなんてことは。そう簡単にはしてやらないつもりだ。
一年?五年?十年?───そんなんじゃ足りない。ずっとずっと、ぼくの側にいさせてやる。
「遅いよ。到着時間にちゃんと来てやったのにさ。なかなか出てこないからコーヒー飲んできた」
「すまない。待たせるつもりはなかった」
実は、言うほど御剣の到着は遅くない。飛行機が着陸してからここまで来るのに多少の時間を必要とするのはぼくでも知ってる。それでも、こうして迎えに来ていることで調子に乗られるのは癪だ。悔しいのだ、単純に。
「わざわざここまで来た交通費もあるし、今日はお前のおごりだぞ。ぼくは払わないからな」
「了解した。忙しいなか出迎えに来てもらったのだ。当然だ」
理不尽ともいえるぼくの宣言に御剣は怒るどころか素直に頷いた。慌てて付け加える。
「ぼくはただ、お前が逃げないよう見張りに来たんだよ」
「それはそれは……ご苦労なことだな」
ぼくの言葉に御剣は少し困ったように笑う。
御剣はあれからぼくに触れることは全くしないし、何かを口にすることもなかった。それでも、視線の端に時々込められる感情と、ふと零す笑みにぼくは感じていた。御剣が自分に向けている思いの内容を。
今でも信じられないことだけど、御剣はぼくに好きという感情を持っていたという。聞いた時にも信じられなかったけど、御剣を見ていればそれが本当のことだと信じるしかなかった。
そんな御剣を見ているうちに、ぼくの中で殺していた思いがもう一度息を吹き返そうとしていた。でもそれはまだ完全なものではなく、相手に与えるまでのものでもない。
それが、はっきりと形になるまでぼくは御剣を側に置いておこうと思う。形になったとしても、そう簡単には手放すつもりはないけれど。
「お前待ちすぎて腹減ったよ。どっか適当に食べてく?」
「せっかくだ、先日見つけたフレンチレストランに空きがあるか聞いてみよう。コース料理くらいは奢らせてくれ」
別にぼくとしては腹に入れば何でもいい。なのに御剣はいつもちゃんとした所にぼくを連れて行く。お金だって毎回一万以上は使っているはずだ。罪の意識がそうさせるのか。……やっぱり、脅迫はやりすぎたかな。
「コース料理って出てくるのに時間掛かるじゃないか。あれってめんどくさいんだよな」
わざと不満げな表情を作り文句をつける。そう言って他の場所を探させようとするのに、御剣は逆に余裕たっぷりの顔で言う。
「君がこの間気に入っていたワインも置いてある。全て君の好みに合わせよう」
御剣の言う『君』が自分のことで、自分がとても大事に思われている。その事実は思いのほか、ぼくの心に喜びをもたらす。思わず笑ってしまった。別にワインが嬉しかったわけじゃないけど。
その時やっと、御剣の顔が和らいだ。一歩だけ、足を運ぶ。二人の距離がほんの少しだけ縮んだことにぼくは気が付いた。
また辛らつな言葉を言おうと一瞬思ったけれど、その距離が何だか嬉しく思えて。
ぼくもまた一歩だけ、足を御剣の方へと運んだ。
「いいよ。君が行くところがぼくの行く場所だから」