向かい合うソファにそれぞれ腰を下ろし、私と成歩堂は脱力していた。彼の首元にはネクタイはなく、私もフリルタイを解いていた。場所すらわからなくなるほどにお互い激しく絡み合い、情けなくも二人して体力を失ったのだ。しかしここは彼の事務所であり、二人共に寝転がれるサイズのベッドがあるはずがない。
 仕方なく、私と彼はソファに身を任せているのだ。
「ひとつ気になることがあるのだが……」
 気だるい空気の中に放たれた私の呟きに、成歩堂は緩慢とした動きで顔を上げる。
「何故、君は怒ったのだろうか?」
 ぼんやりとして表情の薄かった彼の顔が急激に不機嫌で締まる。
「また言わせるつもりかよ」
「いや。あの時、君は突然態度を変えた。何かきっかけがあったのではないか?」
 不満げにこちらを睨み付ける成歩堂を宥める。真面目な顔で質問してきた私から目を離し、彼は空中に視線を泳がして記憶を探っているらしかった。しばらくして、黒目が私に戻ってくる。戸惑いながらも呟かれた名前に私は一気に脱力してしまった。
「ヤハリ、が」
 成歩堂はまた視線を逸らし、少し戸惑いながら言葉を繋げる。
「御剣は金髪が好きだって。じゃなきゃそう何度も海外に研修なんか行かないって」
「そ、そんな言葉を信じるな!」
 自分でも言ってるうちに馬鹿らしいと気付いたらしい成歩堂の、言葉尻が弱々しくなる。私はそれに畳み掛けるようにして一蹴した。成歩堂はそれに気圧されたが、すぐに何かを思い出したようにしてもう一度口を開いた。
「でも、そういうDVDが荷物の中に一箱あったから……一箱なんて、相当だろ?お前がそういうの好きって、全然気付かなかった自分がなんか急に恥ずかしくなっちゃってさ」
「?何のことだ?」
 突然話が繋がらなくなり、私は首を傾げた。成歩堂も首を傾げ、瞬きをする。そして、こちらを探るような視線は動かさぬまま慎重に告げる。
「見つけちゃったんだよ。箱いっぱいに入ってた金髪のねぇちゃんのエロDVD」
「わ、私がいつそのような……!」
 否定した瞬間、どこかで聞いた単語に思考が停止する。
 思い浮かんだのは先程の食事会での会話だ。のん気な矢張の顔。金髪のねぇちゃん。確かに矢張はそう言っていた。
「アイツか……」
 私の表情から全てを読んだ成歩堂が、絶望した声で呟く。
 思い返せば、あの出発前夜の荷造りの時に。矢張が選別と言って渡してきたのはその手の雑誌数冊だった。それだけだと思いすぐさま処分したのだが、いつの間にか箱一杯のDVDまで持ち込んでいたとは……全く気が付かなかった自分を思わず愚かと罵る。
 その後に起こった成歩堂との諍いのせいで荷物整理は中途半端になってしまったのだ。しかし、そもそも矢張がそれを持ち込まなければ私たちが揉めることもなかったのだろう。そして、今でも私の自宅には金髪のねぇちゃんとやらのDVDが置かれているに違いない。
 あまりの腹立たしさと馬鹿馬鹿しさに言葉も出ない。成歩堂も同様だった。がくりと頭を下げ大きな溜息をつく。
 事件の影には、という忘れもしない言葉だけがぐるぐると頭の中を駆け巡っていた。
「全く……あの男の言うことを本気で信じるとは……」
「いやいや、お前の荷物からああいうのが出てきたことがショックでさ。御剣でもそういうの見るんだって」
 心底呆れてそう吐き出した私に成歩堂は慌てて弁解をする。誤魔化そうと考えたのか、少し微笑んで言う。
「また手伝いにいくよ。今度はヤハリ抜きで」
「ああ、頼む」
 あれだけ抱き合ったというのにもう次の別離のことが頭を過ぎり始める。私は緊急帰国した身であり、この日本には長くいられない。本当ならすぐにでも戻らなければならないのだ。
 私の表情の変化を読み取ったのか、成歩堂も微笑みを仕舞い込んだ。
「また、行くから……」
 彼が呟いた言葉を私は最後まで言わせなかった。身体を持ち上げ、向かいに座る成歩堂の手を取った。そのまま強く引き寄せて唇を奪う。
 どんなに繋がり合っても二人は別々の身体で、別々の道を歩んでいる。重なり合うことはあってもそれは一時期のことでしかなく、そしてその短い時間が幸福すぎて、別れた後の私たちを孤独に突き落とす。
 彼に触れることは痛みを生む。それでも私は彼の唇を何度も自分の唇で押し、挟み、濡れた舌を差し込んだ。成歩堂も負けじと舌を押し出してくる。思い切り吸い上げ、今度は逆に吸われるとぴりぴりとした痛みを感じた。構わずにまた吸い返す。成歩堂が苦しげに喘いだ。
 寂しさという毒を全て飲み込み、私は彼との深い口付けに酔いしれていた。
 この毒になら、殺されてもいい。






携帯サイト20000hit・はるたそさまのリクエストで、
「御剣さんにものすごく愛されてるなるほどくんと、なるほどくんにものすごく愛されてる御剣さん(時間軸は3以降4前)」です。
あとできればヤハリも、ということだったので…どうですかこのヤハリオチ!自分でも失笑モノです!
ものすごく時間が掛かってしまいましたが、少しでも萌えていただければ幸いです。
リクエスト、ありがとうございました!

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