レッド オア ブルー

「──で?」
 腹が立つほど余裕で、嫌味で、偉そうな声。
 うるさいばか、と言い返してやりたいけれどそんなぼくの口から洩れたのは、わずかな吐息だけだった。何も言えない唇を無視して、下の方から濡れた音がぬちぬちと響いてくる。これは言うまでもなくそういう音だ。ああ、もう、恥ずかしい。恥ずかしくて死ぬ。
「糸鋸、刑事の…っ、ところに、行ったら…、再捜査で、解剖記録が、さしかえ、にっ…ああッ」
「その通りだ。私が指示し、再調査させた……すると新事実が出てきたというわけだ。君の指摘通りに、な」
 二人の会話内容だけ聞けば、確かにこの場──検事局にある御剣の執務室にふさわしいものだ。それなのにぼくの声は極度に上擦っていて途切れ途切れで、御剣の声も力を込めるようにして語尾が幾度も低く下がる。
 何よりおかしいのが向かい合う二人の距離だった。身長が二センチほど高い御剣の視線はぼくの鎖骨辺りにあって、鼻と唇はぼくの平らな胸に今にもくっつきそうな距離にある。ぼくの方はというと、何かを言うたびに御剣の持つ細い銀色の髪がふわりと舞う距離にまで唇を近付けていた。
 二人は抱き合っていた。正確には二人共に下半身を露出して、御剣の上にぼくが乗っている。いわゆる対面在位というやつだ。
「だから…ッ、言った、じゃ、ないか、ぁ、っ…あの証人の、言うことには、最初から、ん、ん…」
「矛盾がある、と?」
 人の言葉を途中で奪い、御剣はまた嫌味ったらしく聞いてくる。どんなにかっこつけても御剣のペニスはぎちぎちに硬くて、ぼくを真下から突き上げている。ただのスケベのくせにと心では罵っている。けど、両足を開かされ、その中心にある穴を濡らしてそれを飲み込んだり吐き出したりしてるぼくにそんな余裕はなかった。今にも溶けて消えそうになる理性を繋ぎ止めて、必死に会話を進めるだけだ。
 わかってる。これは御剣のための儀式なのだ。御剣が、天才検事としての体面を保つ、唯一の。
 先程、裁判所で行われた裁判でぼくと御剣は向かい合い、ぼくは勝訴し御剣は敗訴した。
 弁護士と検事という正反対の席にいるとはいえ、ぼくたちの目指すものは一緒だ。真実という光を見つけ出すこと。スタート地点は違っても、開廷直後では争い合っていても、最終的には同じ道を辿ることになる。しかし、最終的に判決が出れば二人はまた正反対の立場に分かれることになる。勝者と敗者。そのふたつに。
「君の言うとおりだ。……私は、調書を受け取ってすぐにそれに気が付いた……だが、しかし、警察の捜査を信じないわけにはいかない。君はいつも簡単に再調査を要求する、が、私は…っ」
 平静を演じていた御剣の声が最後、揺れる。法廷での屈辱を思い出したのか、それとも、繋がる部分の熱に気を乱したのか。答えを見つけ出す前に激しく上下に揺さ振られた。両手がふわっと浮き、上半身が投げ出される気がして思わず目の前の御剣にしがみ付く。
「信じることは、容易い、と…君は、いつも、そう言う…、っ…しかし、警察の捜査を、私たちは、無下にはできない…ッ」
「そん、なの…っあ!」
 わかってるよ、と最後まで言えない。苛立ちを込めた囁きと共に御剣はぼくの中に熱の杭を流し込む。
 御剣の大きな手のひらが尻の左右の膨らみを持ち上げ、すぐに引き下げる。聞くに堪えない、酷く濡れた音がそこから生まれる。音から、感覚から、自分にも御剣にも決して見えない内側が、太く長いペニスによって激しく蹂躙されているのがわかる。自分が上にいるせいか重みでいつもよりもさらに深くまで入っていってしまう気がして、少し怖くなった。それでも身体は次から次へと来る衝撃を求めていて、腰が知らずに動いてしまう。二人の間で放置されているペニスもいつの間にか完全に勃起していて、揺れてぺちぺちと互いの身体を打っていた。
 ぶるりと寒気にも似た感覚がぼくを襲う。これ以上裁判について会話するなんて無理だ。ぼくは、口を大きく開いて息をいつもよりも多く吸いこんだ。
「みつるぎ、御剣っ、さわって、くれ、っ」
 自分で扱くのも屈辱的だけど相手に頼むのもかなり屈辱的だ。でも、ぼくの腕は御剣に振り落とされないように肩に回されている。両足も曲げて背中に巻き付けるけれど、力が入っていなくてすぐにでも解けてしまいそうだった。
 自分ではどうにもできない。だからぼくは御剣にそう懇願した。目をぎゅっと閉じて、頭を抱え込むようにして、できるだけ耳の近くで、小さな声で。
 それを聞いた御剣の唇が動く。にやりと、意地悪く形作られたそれに嫌な予感がした。
「…い、やっだ!」
「欲しければ自分で触るといい」
 そう言い、御剣は舌を出す。そして、ほぼ目の前にあった無防備な乳首を舐めた。肌蹴たワイシャツから見え隠れするそれを、いつから狙っていたのか。驚いて身を引こうとするも御剣はそれを許さない。突き上げを激しくさせて、ぼくの身体の重心を動かす。恐怖でしがみ付けば、ぼくは御剣に乳首を自ら押し付けることになってしまう。
「いじ、わる…っ!」
「どうとでも言え」
 そんな冷たいことを言いながら御剣の舌は優しく乳首を舐め、吸い上げた。特に大きくもなく、小さくて柔らかな自分のそれがピンと尖るのがわかる。そして、吸われるたびに腹の奥やら背中やらがきゅうと痛む。疼く。
「ひ、あ、ああっ」
 まるで赤ん坊のように吸い付く御剣の興奮した鼻息が周りに当たる。普段、性欲とは無関係と思えるくらいに澄ました御剣が一心不乱に吸い付く様はすごくいやらしくて、ぼくを過剰に煽る。逃げようとしていたのも忘れ、細い髪が指に絡むのも構わずにその頭を抱え込んだ。だめだ、もっと、もっと、やめて、ちがう、もっと。自分でも訳が分からなくなる。
「御剣、たのむから、なぁ…っ」
 泣きたくもないのに目が潤んでしまう。馬鹿みたいだ、と自分でも思うのにぼくは、涙目と震える声でそう懇願していた。それを頼むのは二度目だとか、恥ずかしいとか、もうどうでもいい。今は早く、ぼくと御剣の腹と腹の間を往復している自分のペニスをどうにかしてほしい。
 ぼくを上に乗せている御剣の目だけが、その哀願を受け取った。御剣の三白眼が無言でぼくを見上げていた。乳首を舌で転がしながら、何も言わずに。獣の目。欲望の目。荒々しい欲に塗れた御剣の目。それが、自分に向けられている。ぞくぞくぞく、と寒気が全身を駆け上がった。紛れもない、それは、快楽だ。
「ふ、ぁっ! あっ、あ、あ、んッ」
 千切れるんじゃないかと思うくらいに、最後にきつく吸い上げてから御剣はそこから離れた。そして右手を素早く二人の身体の間に差し入れ、先走りの液体で亀頭を濡らすぼくのペニスを握り締めた。輪をきつくした状態で乱暴に上下に扱かれれば、痛いくらいの快感に悲鳴のような声が上がった。
「はっ…、浅ましいな、君は…ッ、ここも、こんなに濡らして…、っ」
「んんっ、く…、うっ」
 御剣の声が途切れるのは、ぼくを小刻みに突き上げているからだ。それに合わせてペニスを掴む手を動かされれば、ぼくは何も言えなくなる。せめてもと無意味な音を零すだけの唇を向き合う相手の肩に擦り付ける。
 割り開かれた、御剣を受け入れる部分がぐちぐちと派手な音を立てていた。御剣に促されて腰を少し上げると、濡れたペニスが抜け出て行く。今度は逆に太腿を押され腰を下ろすと、御剣のそれが滑って奥まで一気に進む。そんな高い部分から落とされているわけじゃないのに、奥の奥に到達するたびに快感が走り、爪先が跳ね上がる。
 それに合わせて御剣が手の中のペニスを弄るもんだから、ぼくは目を閉じて首を振って、もうこれ以上受け取れないことを必死に示す。無理、駄目、と言いたいのに口がちゃんと動いてくれない。俯いた所に御剣の顔がある。ふいに近付く唇に反射的に唇を向けた。けれども、御剣のそれは素通りしてしまった。無防備だった耳朶に突然吸い付き、好きに舐めまわした。中に、ペニスに、耳に。敏感な部分を狙って全部同時に責め立てられて、頭が真っ白になる。腹の中が波打つ気がした。あ、と開かれたままの唇から声が漏れた。
「──…っ、アァッ!」
 勢いよく先端から白濁液が弾ける。御剣の手を汚し、互いの腹を汚し、多分ぼくのだらりと垂れ下がるワイシャツまで汚して、ようやく止まる。
 それでも御剣は突き上げを止めなかった。
「やっあ、あっ、みつ、るぎ、あっ」
 イッたばかりで過敏なままの身体を好きに荒らされる。嫌でも中が締まり、御剣のそれに強く強く噛み付いた。胸の辺りで御剣が呻く。熱を帯びた息。御剣はぼくのペニスから手を離し、背中に両腕を回した。押え付けられるように上に乗る身体を固定され、大きい突き上げを繰り返す。繰り返す。繰り返す。これ以上されたら壊れる、と思ったと同時にぼくを抱いた御剣の身体が硬直した。じわりと体内に溢れる温度。
「み、つるぎ……」
「……成歩堂」
 こんな時に言葉はいらない。ただ呼んで、お互いの気持ちを渡し合って。
 こちらを見上げた御剣の頬に一筋の汗が流れ落ちている。それを指先で拭い、赤みを乗せるその顔を両手で包み込んだ。そして、下にいる御剣へと軽い口付けを落とした。

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