レベル01
御剣がまた唇を寄せてきた。素直に受けるも、自分の股間とそのすぐ近くの太腿に当たる御剣のそれ、そして自分の尻を忙しなく撫でる御剣の手が気になってそれどころじゃない。何とか口付けを終わらせて、ぼくは御剣に突っ込んだ。
「な、なんでそんなに急ぐんだよ!」
「私が君を抱きたい。それは理由にならないのだろうか?」
「じゃあ、ぼくが君を抱きたいって言ったらどうするんだよ」
「ム」
そう唸って御剣は困ったように沈黙してしまった。
別にぼくは裁判の時のように逆転したかったわけじゃない。そして、御剣とそういうことをしたくないというわけではない。ただ、展開についていけてないというだけで。
「別に……女の子じゃないんだけどさ。大事にというか、怖いというか」
ごにょごにょと呟きながら、何だか恥ずかしくて堪らなくなった。お互いいい年なのに身体の関係を結ぶ事を渋るなんて。
「わかった。では、今日はしない。約束しよう」
でも、御剣はとても生真面目な顔でそう約束してくれた。そして、髪を上げた額にキスをしてくれた。
何故か自分が抱かれる側になっているのは不思議だったけど、御剣が自分を欲してる。欲しがっている。そう考えるだけで何か熱い塊を飲み込んでしまったかのように身体の奥が燃え上がる。心臓も身体も、熱くて熱くて。
その激情のまま今度は自分から唇を寄せる。御剣の唇は柔らかい弾力を持ってぼくを受け止めてくれた。それを舌で押し退けて歯列を辿る。頬肉の裏側を押す。他人の口内をこんなに夢中になって探ったのは初めてだった。キスだけで息があがる。
こんなんじゃこれから先どうなってしまうんだろう。
ぼくの下半身はもう気の毒なくらい硬くなっていて、このままじゃまともに歩けない。あとでトイレ借りよう……なんて能天気な事を考えていたら御剣の右手がするりとぼくたちの間に入り込んできた。そして、なんの躊躇いもなくぼくの前を握る。
「!」
「硬いな。こんなにして……可哀相に」
唇を離して御剣の顔を凝視したぼくに、御剣は微笑みを与えてきた。コイツはこんな状態の時でもそんな意地悪な言い方をするのか。御剣の性的傾向が判明したようで少し感心してしまった。
いやいやいや、そんなことに感心している場合ではない。
「お前だって……立ってるんだろ?」
悔しくなって自分も手を伸ばしてみた。男の股間なんて触りたくもないけれど御剣のものとなれば別だ。
御剣のそこは、やっぱり硬く盛り上がっていた。そしてぼくも御剣と同じ事を思った。可哀想に。このまま解放されないのは気の毒なことだった。
そこで、ぼくと御剣の目が合った。同時にある閃きが起こる。二人の目的が一致したのだ。
最初に動いたのは御剣の方だった。ぼくの手を退かせ、ベルトを緩める。見慣れた赤色のズボンが下げられ、下着も下されて。肌色のそれが頭を出す。
(うわぁ……)
うわぁなのだ。もうそれしか言うことがない。
御剣のアレが興奮してるところなんて見る機会があるとは思わなかった。そして、それを見た自分がこんなにも興奮するとは思わなかった。
触りたいような触りたくないような。でも、目が離せない。
御剣は、そんな風に迷っていた恐々伸ばしたぼくの手を捕まえあっという間にそれを握らせてしまった。その感触にびくりと震えたのは自分の方だと思った。でも、違った。
御剣が震えたのだ。ぼくの手が触れたことで。
その時感じた気持ちを何といったらいいのだろう。
身体の奥、心の奥。とにかく自分の限りなく芯に近い部分が、壊れてしまうような勢いで震えて揺れる。
ああ、どうしよう。
気付いたら御剣の手が動いていてぼくのベルトを外していた。現れた自分のそれも御剣のと同様に立ち上がっている。今度は御剣の手がぼくのそれを握った。先程と同じように、ぼくが震えた。御剣の感触を直に感じて。
「ふぅ、ぁっ…」
くに、と柔らかい先端を御剣の親指が押した。快感が声帯を震わせる。それを合図に、御剣の手が動き出した。
「あっ、はぁっ」
手のひらを筒状にして上下に擦られる。自分が今までしてきた自慰と特に変わりのない動き。それなのに息が漏れるのを我慢できなかった。
向き合っていた御剣の唇がにやりと動くのを視界にとらえた。悔しくなって、自分も握るだけだった手を動かし始める。気持ちのいい場所なら自分もよく知っている。
親指と人差し指で作った輪を亀頭の方向に持ち上げた。そしてすぐに下す。最初はゆっくりと、徐々に速度を上げて。御剣が荒い息を零した。それが自分の肩口に触れて、何とも言えない感動がじわりと胸を浸す。
自分の手の中に納まるそれは無防備に温かくて、ただただ愛おしいと感じた。
自分の手はいつもと同じ動きをしている。竿を握って上下に擦って。それを受けてびくんびくんと反応する。普通のことなのに、でもこれは自分のものじゃないのだ。御剣の。御剣の。御剣の。
御剣もぼくのそれを真似ているのか、それとも自分のやり方をしているのか。扱かれて擦られる。それだけで全身が焼き付いてしまうかのような快感が走る。
気持ちいい。
自慰では決して得ることのできない感覚にぼくは大きく深呼吸をした。文句なしに気持ちのいい自慰だった。いや、自分の手は他人のものを、自分のものは他人の手に握られているのだから、自慰とは呼ばないのだけれど。
しばらく無心で擦り合っていたけれど、少し経って余裕が出てきたのか、ぼくたちは自慰とは違う行為を始めてみた。ゆらゆらと腰を互いに動かし、先端と先端が重なるように動いたり。相手が自分にしたことをそっくりそのまま真似てみたり。目が合えば、お互い笑みが零れ落ちる。性行為というよりは子供のいたずらの延長のような、妙な可笑しさがあった。
それでもぼくたちはもう大人で、昔みたいにただ笑っているだけではいられなかった。
目が合う。どちらともなく唇を寄せた。舌と舌を絡ませて、唾液を分け与えるくらいに深く深く重ね合う。
その間にも御剣の指に先端をこねくり回され、くぐもった声を漏らしてしまった。自分も先端を握りこみ、鈴口を親指で覆った。ぬるりとしたのは先走りの液が出ていたせいなのだろう。
もう、わからなくなった。自分が慰めているのは御剣なのか、自分なのか、わからない、わからないけれど。
湧き上がって来る衝動に思わず叫んでいた。
「みっ、みつるぎ…っ、もう、っ」
自分でも情けないくらいの涙まじりの声。でも御剣はそれに興奮したようだった。力のみなぎるそれが痛いほど張り詰めているのをぼくは自分の手のひらで感じ取った。
「ああ、私も、だ……」
御剣の低い声が途切れ途切れになっている。それが引き金だった。
双方の動きが一段と激しさを増した。互いのそれを握る手に、ほんのわずか残していた遠慮も飛んでいってしまった。ただ、射精を迎えたいだけに指を動かす。乱暴なまでの動きに我慢し抗う気力はもう残されていない。お互いに。
「……ッ、う、ぁ!」
その声は、どちらが発したのかもわからない。
爆発的な快楽がどっと押し寄せて意識をさらっていった。せき止めていたものが全て解放され、ぼくと御剣は惜しみなく精液を自分の外に放った。まるで競っているかのように、お互いの性器に白濁液を振り掛けながら。
●
相変わらず床にごろりと寝転がったまま、二人一緒に天井を眺めていた。濡れた下半身は事後に拭いたものの、身体全体を包む疲労感までは拭いきれない。それに、恥ずかしさもあった。告白し合って、そのままなし崩しに身体を見せ合って触り合って。そんな若いわけでもないのに、すぐに性行為へと進んでしまったことに罪悪感のようなものも感じていた。
「……すまない、成歩堂」
「なんで謝るんだよ」
御剣も同じ事を考えていたのだろう。視線を合わせないまま謝罪した御剣をぼくはようやく見た。首だけを捻って。
御剣もぼくと同じように身体は横たえたまま顔だけをこちらに向けてきた。
「その、私は男と付き合ったことがない。だから、色々と間違うこともあるかもしれない。けれども、君とならば……」
「そんなのぼくも同じだよ」
お互いいい年ではあるけれど、付き合うのは初めてということか。じゃあ、正解も不正解もないのかもしれない。ぼくたちのこれからの関係には。
ぼくも、君となら。
伸ばした手で御剣の手を握った。男同士だろうが何だろうが、この胸に感じる愛しさは恋人に対するそれを一緒だろう。それだけはわかる。
御剣は微笑んだ。ぼくの手は解かずに反対の手で頬に触れてきた。
「これから、よろしく頼む」
「うん、まあ。こちらこそ」
頬にキスを受けながらぼくは考えていた。
もう少し先に進んでもいいなんて思ってしまったのは、御剣には秘密だ。今は、まだ。
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