フィルム・フィルム

「ム…これは…?」

御剣の言葉に振り返る。
ジャケットを脱いだラフな格好の、その彼が手にしているのは…真新しいビデオカメラだ。

「ああ、それ?買ったんだ」

前回受けた依頼で、どうしても事件を再現して考えを再構築する必要があって、
少ない経費から絞り出して買ったものだ。

「御剣、そういうの触るの得意だっけ?」
「いや…私は…」

そう言うやいなや、ウィーンと音を立ててカセットがビデオカメラから飛び出した。
ビクっと身体を震わせた御剣に思わずため息が出る。

「…苦手なんだね」
「失礼な…こんなもの、少し触ればすぐに覚えられるであろう」
「壊すなよ、頼むから」

眉間にしわを寄せてビデオカメラと格闘し始めた御剣に、ぼくの言葉は届いてないようだった。

 

しばらく仕事をしていて、ふと顔を上げると御剣はソファに腰掛け、ビデオカメラを机の上に
置いたまま浅い眠りに落ちていた。常に忙しいだろう彼に以前、用もないのに事務所に
顔を出す必要はないと言ったら本気で怒られてしまった。
自分も忙しい身だから、来てくれてもあまり相手にしてやれない心苦しさを少しなからず感じていたのだが…
ペンを置いて、ソファへと近づく。膝を曲げて、彼の寝顔に呟く。

「……無理するなよ、御剣」

そう呟くと、聞こえてもいないはずなのに、御剣は眉をしかめて微かに頷く。
視線を動かした先にさっきのビデオカメラを発見し、同時にある悪戯心が生まれた。
音を立てないように両手でカメラを抱え込み、ソファでうたた寝をする御剣をファインダー越しに見つめ始めた。

(………やっぱ、こいつ顔整ってるなぁ……)

視野の狭いファインダーを使って見つめる彼の顔は、いつもと少し違って見えるような気がした。
数分間、無言で御剣の寝顔を撮影をしたあと、ふと我に返る。

(何やってんだよ、ぼくは……!)

自分のしていた行為がものすごく異常に思えて、思わず顔が赤らむ。
電源を切り机の上にカメラを戻し、急いで仕事に戻ろうとした瞬間。

「もう終わりか?」

いきなり背後から声をかけられ、飛び上がる。 振り返ると寝ていたはずの
御剣が起き上がり、ぼくの行動を観察していた。
口元に、あの裁判でよく見る不敵な笑みを浮かべながら…

「き、君、いつから起きて……」
「ついさっきだ。君が、私の寝顔を熱心に撮影しているからなかなか目を開けられなくてな…」
「!!」

脳天を言いようのないショックが走り抜けた。恥ずかしさのあまり、言葉が出ない。
いまさら何を言っても言い訳にもならない。
弁解することも忘れ、ぼくは慌てて立ち上がろうとした。

「…!」

その手を御剣につかまれ、ぼくはバランスを崩す。
そしてそのままソファに倒れこんでしまった。
いきなりの行動に抗議しようと顔を御剣に向けた瞬間。

「………んんっ!」

御剣の唇が覆いかぶさってきた。言葉を封じ込められ、かわりに腕を叩いて意思を伝える。
口内を舌でいじられて、思わず反応してしまう自分の身体が恥ずかしい。

「……み、つるぎ」
「君から誘ってきたのだろう?」

否定しようとしても、息が上がったこの状態では説得力も何もない。
その間にも御剣の指はぼくの身体をなぞり、唇をぼくの首筋に寄せる。
震える腕を伸ばし、ぼくは御剣にしがみついた。緩められたネクタイが床に、音もなく落ちる。
着崩されたシャツの隙間から御剣の手のひらが忍び込んできて、身体が跳ね上がった。

「…………ッ!!」

まだ慣れてもいない場所に、いきなり指を押し込まれて声が詰まる。
少し乱暴に内部を刺激される感覚に、気が遠くなりそうになる。

「………成歩堂」

彼の唇から、ぼくの名前がこぼれる。その次の瞬間。

「…ああッ…!」

奥まで一気に貫かれた。
耳に御剣の吐息と舌が差し込まれ、背中に寒気が走る。
それより何より、自分の中に埋め込まれた御剣の熱に震えが走る。

「…うっ……んっ…………ッ!」

しばらく上下にゆっくりと動いていた御剣が、身体を動かした気配がした。
それに気がつき、うっすらと目を開ける。

「!!……何やって…馬鹿っ…やめろ!!」

あまりの屈辱に、身をよじって御剣の身体の下から逃れようとした。
渾身の力を込めて、肩を叩く。なのに奴の身体はびくともしない。
ぼくの足を抱え込んだまま…空いている右手で、さっきのビデオカメラをこちらに向けていた。

「いやだ…御剣ッ!!…くッ…!…アッ…!!」

御剣を手で押し返そうとすると、彼は左手をぼくの膝の内側に入れさらに開かせようとする。
手に力が入らない。抵抗すればするほど御剣の力は強く、呼吸が荒くなっていく。

「……やだ…やだっ……や………いやだぁッ!!」

まるで子供みたいに泣いて首を振って、抵抗する。
その言葉はいつか、拒絶の意も何も持たなくなる。ただ、口からこぼれる言葉をぼくは繰り返す。
御剣はぼくの暴れる手足を押さえつけ、それでも右手は固定されたまま、
構えたビデオカメラでぼくの自尊心を踏みにじる。
より一層激しくなる律動と、まったく終わる気配のない陵辱とに翻弄され、もう何も考えられない。

「…も……やッ…だ……」

力の抜けた両腕を投げ出す。抗う声すらまともに出ない。
二人の息遣いと、ビデオカメラの無機質な撮影音。ただそれだけが、部屋に響く。
御剣の絶頂が近づき、数秒間の激しい振動の後。

「成歩堂……!」
「………あああッ!!」

彼の声に、覆いかぶさってくる彼の体温。
じわりと浮かんだ涙のせいで、ぼやける視界。
全体重を身体で受け止め、汗ばむ背中に腕を回す。
まるで世界が全部、止まっているように見えた。
すべてが止まっているのに、ただビデオカメラが動く音だけが聞こえてきた。





「…………………………………」
「…………………すまなかった」

ネクタイを締めなおし、振り向く。思いっきり不機嫌な顔をしながら。
俯いて肩を下げる御剣の前には、例のビデオカメラ。

「つい…………つい、な」
「……………ぼく、これから仕事するから」

愛想も何もなく、そうひとこと言ってやると御剣はそそくさと席を立つ。

「そうだな、邪魔して悪かった。では、失礼する」

視線を机の上に泳がして、ぼくは立ち上がった。
御剣に対しては目も合わせず、挨拶を返すこともせずにデスクに戻ろうと足を踏み出した、その時。

「待った!!」

ふと気がついた違和感に、扉に手を掛けた御剣の背中に声を掛ける。

「………………ビデオカメラは置いていけ」
「………………さすがだな、成歩堂」

よく気がついたな、と自分の額に手を当てて首を振る御剣の背中に
思いっきり、 遠慮なしの蹴りを入れてやった。


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