「家に来ても何もないぞ」
 扉の前で一旦荷物を足元に置き、鍵を取り出しながら御剣はまた同じことを言った。
「すぐ帰るから」
 短くそう返してもどこか納得のいかない様子で取り出した鍵を差し込む。カシャン、と夜の静けさに開錠の音が響いた。御剣が扉を開き中に入り、無言でその後に続くとぱっと室内が蛍光灯に照らされた。生活の匂いが全くしない、しばらく人が住んでいなかった空気が中から溢れてきた。それもそのはずだ。この部屋の持ち主である御剣は今日、長期に渡る海外研修から帰国したばかりなのだ。
 三人でお茶を飲んだ後、真宵ちゃんを駅へと送り。ぼくを事務所まで送り届けて一人自宅に戻ろうとする御剣の車の助手席にぼくは居座り続けた。このまま別々に帰るなんて考えもしなかった。御剣はこんな状態の自宅に人を招き入れるのが嫌らしく、本当に来るのか?と何度も念押しをしてきた。たとえ相手がぼくでも、何ももてなすことができないのが性格的に許せないらしい。
 振り返る。その顔に浮かんでいるのは、やっぱりあまり乗り気ではない表情。
 ──帰るから。君を味わったら、すぐにでも。
 そう心の中で呟き、ぼくは御剣の腕を掴んだ。引き寄せ、立ち位置を変える。閉まった扉と、御剣のコートが触れて擦れる音を聞きながら驚きに開かれたままの唇を奪う。
「……っ」
 そんな声すら欲しくて惜しくて、中に舌を伸ばした。遠慮のかけらもなく舌を吸い上げ、歯列を辿っていく。数か月ぶりに御剣の体温を舌で感じて、痺れるような歓喜が身体中を駆け巡った。
 はぁ、はぁ、とまるで犬のような呼吸をしながら御剣の口内を貪るぼくの腰に御剣の腕が回り、臀部を大きく撫で上げる。最初は不意打ちの口付けに驚き逃げていた舌が、今ではもう大きくうねるようにして絡み付き、ぼくを煽っていた。
 がくりと足から力が抜けて、ぼくは御剣の前に跪いてしまう。それでも相手が欲しいという渇望は満たされることがなくて、御剣の赤いジャケットをたくし上げた。覗いた黒いベルトを緩めて下着も引き下ろす。微妙な引っ掛かりを無視して引っ張ると、先程のキスのせいだろうか硬くなりかけている御剣の性器が姿を現した。
「御剣、……、いい?」
 そう聞いた後、許しを請うように内腿を少しだけ舐める。御剣がぴくりと身体を硬直させた。
 頭の上に、御剣の手のひらが乗せられる。それだけで期待感が増幅し、ぼくは相手を見上げる。
「随分と盛ってるな」
 そう揶揄する御剣の顔には、上品な顔立ちには似合わない欲が滲み出ている。獣のようなそれにぞくぞくする。
 我慢できなくて、自ら咥えた。頭の上に乗せられた御剣の手は引き離すことはせず、逆に深さを求めるように押さえつけられた。それによって根元まで咥えることになり苦しいはずなのに、ささやかな喜びすら感じてしまう。
「んっ、ふ、ん、ん」
 唾液を塗しつつ舐めることに没頭した。舐めたら反応するそれが何よりも愛おしく思えて、いよいよ自分は馬鹿になったのだと思った。でも、そう思っても止まらない。
 時折、上目で相手の顔を見る。御剣は扉に背を任せて俯き、ぼくの様子を見ていた。御剣が。御剣の視線が。御剣の吐息が。御剣、御剣が。全部自分に向けられている瞬間。
「み、つるぎ」
「成歩堂……」
 呼ぶと、呼ばれる。
 これ以上ないくらいに簡単で単純なやり取りにぼくの胸は躍る。
「御剣、御剣…っ」
 舐めることも忘れ、ただ名前を呼んで乞うぼくを御剣は悠然と見下ろした。
「物足りないのか?」
 そう囁く額には汗が浮かんでいる。余裕のない証拠だ。ぐいと今度はぼくが御剣に腕を引かれ、そのまま床に転がされた。堅い床に横たわることになって、痛いはずなのにそんなことはどうでもいいと思った。御剣が覆い被さってくる。その目にはぼくしか映っていない。
 下の衣服だけを乱され、両足を抱え上げられる。晒されたそこに当然だけど湿り気はなくて、御剣はぼくに一度自分の指をしゃぶらせた後、挿入させた。引きつれる痛みと裂かれる苦しさにぼくは名前を呼んで喘いだ。
「御剣…御剣、みつるぎ─…ッ」
 今まで呼べなかった分を取り戻すかのように、何度も何度も。
 指によって少しだけ開いた道を怒張した御剣のペニスが広げていく。こちらも痛いけど、挿入する側の御剣も痛みを感じているらしい。短い眉が中央に集められ、深い溝を作る。激痛の中でぼくが感じるのは、これ以上ない充足感だ。
 細められた瞳。伝う汗。足を持ち上げる力強い腕。短い間隔で落ちてくる吐息。ああ、御剣が。御剣が──御剣怜侍が自分を欲している。自分だけを見て、欲して、その欲で貫く。
『なるほどくんって、友達思いなんだね』
 今日、真宵ちゃんに言われたことを思い出す。
 御剣の悪口を言われ、庇ったぼくの行動にそう感じたのだろう。
『龍一くんは、お友達のために……』
 そう、ずっと昔に。
 クラスメイトと喧嘩したことを親に報告する電話で、先生はそんな説明をしていた。事情を聞いた両親は喧嘩の理由についてはぼくを責めないでくれたけど、あの時のぼくは違うと泣いて怒りたかった。
 友達思いなんかじゃない。ぼくは、誰かからお前の名前を聞くのが嫌なんだ。勝手に噂されて、勝手に御剣を語られるのが嫌なんだよ。お前の話をしていいのはぼくだけだ。御剣の名前を呼ぶのはぼくだけでいいんだ。
 それは怒りではない。嫉妬なのだ。
 御剣の名前を口にするクラスメイトたちに。御剣のことを書き立てる雑誌の記事に。御剣の噂を好きにする検事たちに。
 ぼくはいつだって怒っていた。全部全部、嫉妬しているから。
「あ…、あああッ!」
 無理に飲み込んだそこの部分が、痛い。それでもぼくは勃起していた。御剣の身体の一端をこの身に受け入れられること。御剣がぼくだけに打ち込んでくれるこの行為。
 ──それが、どれだけ。自分の欲を満たすのか。君には想像もつかないだろう、御剣。
「成歩堂…っ」
「ああッ、う、ン、あっ!」
 与えられる攻め立てに意味のない音を繋いで喘ぎながら、ぼくは御剣の全てを堪能する。目で御剣の姿を。耳で御剣の声を。身体で御剣の体温を。指で扱かれているぼくの性器は先走りの液を零し、御剣の手とぼくの腹を汚していた。
 激しいピストン運動でぼくを揺り動かした後、御剣はぴたりと静止する。そして、微かな脈動を体内で感じ取った。と同時に自分の下半身にも生ぬるい飛沫を感じた。いまだ熱の残る瞳でぼくを見据え、御剣は顔を近付けてぼくの唇にキスを落とした。
「──帰る」
 唇が離れた後、ぽつりと呟く。そう言っても身体はピクリとも動かず、御剣により杭が刺さったままだ。
「どうした?……今日は様子がおかしいぞ」
 行為後の疲労か、少し掠れた声で御剣が眉を寄せる。一回したらさっさと帰るつもりだった、と臆面もなく言おうかと思ったけど、やっぱりやめた。
「お前を……」
 呟く自分の声も掠れている。
「成歩堂?」
 言葉を続けることも、相手の肩を押して繋がりを解くこともできない。堪らなくなって、ぼくは両腕で御剣の頭を抱え込んだ。そうして自分の顔を隠しながら、相手の顔を見ずに。絞り出すようにして言う。
「ぼくは、お前が好きすぎて……変になる」
「確かに変だな」
 答えに窮したのか御剣は呻くように言った。
「お前に言われたくない」
「ム。すまない」
「全部お前のせいだ」
「すまない」
 相手が憎いわけじゃないのに、というよりはむしろ好きすぎるから困っているのに、詰ることをやめられない。ただの八つ当たりだ。
 いい加減抜け、降りろ、と命令しようとした時。奇妙な音が突然その場に響いた。よく聞けばそれは携帯のバイブ機能で、御剣の羽織っていたコートのポケットからのものだった。持ち主に雑に脱ぎ捨てられたせいで、携帯電話が布越しに床と触れ、おかしな音を立てているのだろう。驚いて御剣の頭を解放し目を合わせる。
「誰だこんな時間に……」
 御剣は顔に苛立ちを浮かべた。ぼくを見ていた視線を逸らし、何もないところを睨み付ける。掛けてきた相手を想像しているのだろう。
 ぼくは、その時。
 自分の中にまたあれが芽吹くのを感じた。
「ム?……、ん」
 両手を伸ばし、もう一度相手の頭を抱え込む。でも、今度はさっきと違う。薄く開いた唇を使って御剣の唇に吸い付いた。微かに上げた疑問の声も舌で中に押し返して。
「ん、む……」
 舌を誘い出し、自分の中に引き入れると丁寧に愛撫する。時々、腰を動かして。
 御剣はいとも簡単にこちらの策略にはまった。
 脱力で圧し掛かっていた重みが、いつの間にか意図的なものになっていた。萎えたペニスが入り口付近をゆるゆると探るように動き出す。徐々に、力を蓄えていく。
「成歩堂……」
 キスを終えて、間近で合わせた御剣の瞳はこちらを見つめていた。名前を呼ぶ唇に満足する。
 御剣の思考には今、ぼくしかいないのだ。それでいい、と口には出さずにご褒美のつもりで頬に軽くキスをした。
 指に触れる、久々に見た赤い色のジャケットが邪魔に感じた。直接御剣に触れるために襟を掴んで脱がす。首元を飾るフリルタイも、そんなところにあっては首にキスができない。
 御剣の身体を包む、全てのものに嫉妬した。御剣怜侍に触れていいのは、自分だけでいいのだ。一度抱かれ、その気持ちもようやく落ち着いたと思ったのに。すぐこれだ。ぼくはそんな自分に呆れつつも自分と御剣の肌を遮る物たちを退かしていく。
 携帯電話はいつの間にか沈黙している。ここにはもう、邪魔者はいない。いるのはぼくと御剣だけ。
 嫉妬の炎もやがて情欲の炎へと変化していく。

 再会の夜は長い。






携帯サイト40000hitのリクエストをけずるさまよりいただきました!
「嫉妬する成歩堂くん」か「子供になった成歩堂くん」、ということでしたのでいろいろ考え、
ふたつ入れてしまえ!と書いたはいいけど出てくる子ナルにまったく萌え要素がありませんでした…
それに子供になったわけじゃないし!
反省点はあるけれど、盛ってるなるほどくんを書けて満足です。
素敵リクエストをありがとうございました!

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