7月6日・なるほどくんの日

「なるほどくん、おめでとう!」
 その言葉と、クラッカーと、破裂音と共にその中から現れた紙テープと、二人の満面の笑みと。事務所に足を踏み入れたところで祝福を受け、ぼくはその場に立ち尽くした。
 真宵ちゃんと春美ちゃんはにこにこととても嬉しそうな顔でぼくの反応を待っている。ありがとう、とここは言うべきなんだろう。でもぼくは何も返せなかった。
 今日が一体何の日か、全く検討もつかないのだ。
「ほらほら、つっ立ってないで!今日はなるほどくんが主役なんだから!」
「みつるぎけんじさんもいらしてますよ!」
 聞く暇も与えられず真宵ちゃんに背中を押されながら事務室に行くと、ソファに御剣が苦笑を浮かべてぼくたちを待っていた。
「なるほどくんはこの席ね。ケーキは小さいんだけど、丸いヤツだよ!」
 豪華とも言い切れない、いや、この事務所の景気を考えれば結構豪華に思える料理たちが並ぶテーブルに促された。座るように指示された席はいわゆるお誕生日席だ。
 子供用シャンパンと書かれた小さなビンをグラス四つに均等に分け、真宵ちゃんはそれぞれに配る。四人の手にグラスが渡ったことを確認し、真宵ちゃんは自分の持っているグラスを自分の前に高く掲げた。
「じゃあ、もう一度。なるほどくん、おめでとう!」
「おめでとうございます!」
「……おめでとう、成歩堂」
 視線でせっつかれた御剣が最後に付け加えたところでようやく、ぼくは口を挟むことができた。
「あのさ。ぼく、誕生日は今日じゃないんだけど」
 その一言に、湧いていた空気が一瞬で消えた。そのあまりの差に慌てたのはぼくの方だ。口をつけることすら叶わなかったグラスを一旦テーブルの上に置き、さらに弁解しようと口を開きかけた。いやいや、ここは彼女たちに乗っておくべきだったのだろうか。
 その短い葛藤の間に、真宵ちゃんが真剣に、そしてなぜか自慢げに叫んだ。
「何言ってるの?今日は7月6日!なるほどくんの日だよ!」
 なるほどくんの日、と言われてもわけがわからない。そんな日一体誰が言い出したんだろうか。まあ目の前で得意げに胸を反らしているこの子しかいないだろうけど。
「はみちゃんとカレンダー見てて気付いたんだよね。お祝いしなきゃ!って慌てて御剣検事まで呼んだんだよ」
「さすがです真宵さま!」
 とにもかくにも、彼女たちがふざけてこんなことをしているのではないのだ。ぼくが留守中に材料を買ってきて料理を作り、祝いの席を作るまでしてくれたのは、彼女たちがぼくに親愛の情を向けているからで……
 自分にそう言い聞かせ、ぼくは笑う。黙って様子を見守っていた御剣の唇が不自然に歪んだ。笑いを堪えるような顔。コイツはきっと全部わかっているに違いない。
 心の中で、わかってて乗っかった御剣に悪態をつきながら溜息まじりに呟く。
「じゃあさ……真宵ちゃんの日も春美ちゃんの日もあるの?」
「あるよー御剣検事の日だってイトノコさんの日だってあるんだから」
 真宵ちゃんに頼みたい仕事はこの料理を全部食べてからにしよう。ぼくが料理に手をつけたのを見て、真宵ちゃんは春美ちゃんと手を合わせて喜ぶ。
 『なるほどくんの日』とやらを盛大に祝う会は、ゲームやビデオ鑑賞会などのプログラムも盛りだくさんだった。
 その日は結局、何の仕事もできなかった。

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