ぼくらがセックスをする理由

 御剣が一旦起き上がり、ぼくの方へと圧し掛かってきた。両足の下に手を入れられて予感する。そのまま持ち上げられ、少しだけ浮き上がった尻にひたりと宛がわれる御剣のそれ。
「――入れるぞ」
 いやだって言ってもどうせ入れるんだろ?
 いつものように、にやりと笑ってそう返そうとしたのにぼくの口から漏れたのは返事になりきらない吐息だった。そんなぼくを御剣は真正面から見つめてきた。
 法廷で何度も顔を合わせてきたし、普通に視線を合わせることもあった。でもここまで至近距離で見つめられたのは初めてだ。恥ずかしくて居たたまれなくて、ぼくは思わず持ち上げた腕で自分の両目を隠していた。
 これから起こることは見なくてもわかっている。心臓が痛いくらいに緊張して、ほんの少しだけ、怖い。相手に気付かれないように軽く唇を噛んだ。
 ぬ、と熱いそれが中に入り込んできたのがわかる。たったそれだけでもとんでもなく痛くてぼくは思わず悲鳴を上げた。無意識に引いた腰に体重を掛けられて、どうにもならないまま穿たれていく。強烈な痛み。もう、声すら出せなかった。
 そこから先のことはよく覚えていない。



 座ったまま伸びをしたタイミングで春美ちゃんがお茶を持ってきてくれた。ありがとうと声を掛けると、どういたしましてと丁寧なお辞儀付きで返してくれる。相変わらず礼儀正しい子だ。口をつけたお茶も熱すぎずぬるすぎずの温度で、真宵ちゃんだったらこうはいかないなと心の中で考える。
 ぼくがそれを飲むのを待っていたのか、お盆を抱えてこちらを見つめていた春美ちゃんがいきなりこんなことを聞いてきた。
「あの、なるほどくん。せっくすとはなんなのですか?」
 ぼくは思わずお茶を吹き出すという漫画みたいな反応をしてしまった。聞き間違いかと耳を疑ったけれど、この世間知らずで里以外のことに対して誰よりも好奇心を持つ彼女が、その手の質問をしてくる時もどこか予感していた気もする。ついに来たかと思っても、幼い少女の口から出てくるその単語の衝撃にぼくは狼狽えるしかなかった。
「は、春美ちゃん、どこでそんな言葉覚えたの?」
「今日買ってきた本に書いてあったのです。お勉強のために読もうと思ったのですが、わたくしまだ漢字がニガテでして……ひらがなやカタカナだけを読んでいたのです」
 春美ちゃんがいつも勉強している事務室のテーブルの上を見ると、珍しく大衆雑誌が置かれていた。むずかしい漢字がたくさん書いてあるからお勉強になると思ったのです! と春美ちゃんは嬉しそうに教えてくれたけれど、明らかに彼女が読むには早すぎる。
「ううん。そういうことは倉院の里の人か、学校で教えてもらったらどうかな。もう少し大きくなった時に」
「そうなのですか……ではわたくし、真宵さまに聞いてみますわ」
「待った! えーと、もう少し大人の人がいいんじゃないかな。ぼく以外の」
 真宵ちゃんにまで飛び火させるわけにはいかないと、ぼくは咄嗟に叫んでいた。あの、まだまだあどけない少女といった様子の真宵ちゃんが春美ちゃんにセックスとは何かを説明する姿なんて想像がつかない。というか、したくない。
 そうなのですか、と春美ちゃんが眉を八の字にさせて考え込んでいると、ちょうとおつかいから真宵ちゃんが帰ってきた。所長室を覗き、ぼくの顔を見て首を傾げた。
「ただいまー…って、あれ? なるほどくん、なんで法廷でもないのに冷や汗だらだらかいてるの?」
「うう……放っておいてくれるかな」
 彼女がいない間、世間知らずな従姉妹に変なことを教えていたと誤解されては困る。ばれないように普通にしていたつもりだけど、顔にはしっかりと出てしまっていたようだ。
「なるほどくん、最近寝不足じゃない? ちょっと寝たら? この前だって顔色ひどかったよ。青とおりこしてミドリ色だったもん」
「まあっそうなのですか? それはいけません!」
 別に体調が悪いわけじゃないけど、女の子二人に強引に所長室のソファに寝かしつけられてしまった。来客の予定もないし、電話はこっちで取るからね。そう言って扉を閉めてくれた二人の好意に従うことにした。どうせ暇だし。ワイシャツ姿で寝転んで天井を見上げた。
 この前……この前ってアレか。あの夜の、次の日か。
 ぼんやりと見上げる天井にある男が入り込んでくる。裸で息を乱し、前後に揺れながら熱っぽい瞳でこちらを見つめる。珍しく半開きのまま固定された唇から零れ落ちる、声。
 ――成歩堂。
「……!」
 徐々に呼び起こされていった記憶はついに声まで再現してみせた。限りなくリアルに。その甘く掠れた声に一瞬で顔が赤くなったのがわかった。
 ぼくは少し前、御剣とセックスをした。


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