朝独特の静謐な空気の中、目を覚ます。
 まだ活動するには早すぎる時間なのか、部屋の外も中もひっそりと静まり返っている。身じろぐことすら躊躇してしまうような空間で、私は目だけを動かした。そこには背骨のラインを露わにした彼が眠りについている。
 私に背中を向けた状態で成歩堂は眠っていた。もしかして目覚めているのかもしれないと一瞬思ったが、その背中は少しも動かずに規則的な呼吸音が聞こえてくる。深い眠りについているのかと安堵すると同時に、言いようのない感情がこみあげてきて胸を締め付ける。
 その背中を見つめながら、思う。
 一人身でこのように大きなベッドを買ったことは幸運だったのだろうか。男二人が横になっても私と成歩堂の間には距離がある。
 裸の肩が酷く、遠い。
 禁断の果実を食べたのは、イブに勧められたアダムだったか。
 禁じられていたものを己の欲に負け口にしてしまった彼らは楽園を永遠に追放される。
 ふいにそのようなことを思ったのは──私が今のこの関係を少なからず後悔しているからなのだろう。
 私は彼を抱くほど愛している。が、彼が私を抱かれるほど愛しているかといえばそうでなはいだろう。一方的とも取れるこのセックスという行為を、私は私の欲のためだけにしている。
 与えられても飢えは募るばかりで、昨日も何度も求めた。この底のない欲望に彼がいつまで答えてくれるのか。いつかもう嫌だとあっさり逃げられてしまうのかもしれない。そう思えば焦りと不安に駆られる。それならば、最初から触れなければよかったとさえ思う。
 親友の同性に抱く恋愛感情を禁忌とし、相手にはもちろんこの世の誰にも告白することなくその感情を抑え込んでいた昔が。一人苦悩する昔の方が、自分は幸せだったのではないかと。
「……ぎ?」
 意識の中に沈み込んでいた私は、突然の他者の声にはっと我に返る。ほとんど溶けかけている不完全な呼び掛けを、器用に拾ってしまう自分が情けなくて嫌になる。
 成歩堂、と声を抑えて答えた。単純なことを言えば私は彼の名前を口にするのが好きだった。ただそれだけで幸福が胸を浸す。それだけで満足していれば、私は。
 背中が消え、今は成歩堂の眠たそうな顔が見える。寝返りを打った彼はまだ半分眠りの世界に足を突っ込んだままこちらに右腕を伸ばしてきた。
「みつるぎ……」
 私の頬に指を触れさせ、成歩堂はもう一度名前を呼んだ。
 その許し切った表情に。その優しい声に。その触れる小さな指先の体温に。
 どうしようもなく愛情を感じて私は思わず彼を抱き締めていた。成歩堂はそれを嫌がることなく腕を回し、あやすように軽く後頭部を叩いた。
 いくらこの腕を失くす不安に脅かされたとしても。いくら欲望のままに抱いてしまったことを後悔しようとも。こうして彼を愛することができた時間を消すことなんてできない。なかったことにはしたくはない。
「成歩堂……」
 好きだ、という言葉を涙と共に飲み込んだ。御剣、と成歩堂がまた答えた。

 

 

 

 

 



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