あなたには学校もあるし友だちもいます。でも私にはあなたしかいません。





「真宵さま!」

声と共にバタンと扉が開く音。あまりに大きな声と大きな音に、あたしはテレビの中のトノサマンに釘付けだった視線をそちらの方向へと持っていった。その途中、視界の隅にデスクの上についていた頬杖を崩してずっこけるなるほどくんがちらりと見えた。

「は、はみちゃん?」
「真宵さま、わたくし、すごいものをはっけんいたしました!」

目を丸くしたあたしよりもさらに目を丸くさせて、更に頬を真っ赤にさせたはみちゃんが事務所の扉を背にして立っていた。何か、手紙のようなものをその小さな手に大事に握り締めながら。

「すごいもの?なになに?」

その、手に持っているものがすごいものなんだろう。そう思ったあたしは座っていたソファから立ち上がってはみちゃんの手元を覗き込んだ。
次の瞬間、はみちゃんが息を飲んで片手で自分の口元を覆った。ぴんと真上で結わえてある髪がそれに反応する。そして、慌ててそれを自分の背後に隠してしまった。

「いけません、真宵さま!これはわたくしとおかあさまだけの秘密なのです」
「キミ子おばさま……?」

あまりいい記憶のない名前にちょっとだけだけど顔が強張ってしまう。すぐにそれを引っ込めたつもりだったけど、はみちゃんは勘のいい子だから気付いてしまったみたいだ。眉毛が下がり気味になって、あたしを縋るような目で見上げた。
何ともいえない微妙な空気が二人の間に流れた気がした。

「春美ちゃん、また一人で来たの?いつものことながら感心するよ」

その時、一人置いてかれていたなるほどくんがあくびを噛み殺しながら質問してきた。あたしとはみちゃんの顔がほぼ同時に彼の方向へと向く。
珍しくデスクに長く座っていると思ったら寝てたみたいだ。顔に書類の後がうっすらとついている。

「はい、わたくし、いてもたってもいられなくて……」
「なるほどくん、また寝てたの?せっかくあたしがコーヒー淹れてあげたのに」
 
今度したらお姉ちゃんに言いつけるよ?と、冗談のつもりで少し強く睨み付けるとなるほどくんはだらだらと汗をかいて首を振った。

「で、春美ちゃんは何をそんなに焦ってここに来たんだい?」

自分が追い詰められたと悟ったなるほどくんは話をまた微妙な展開へと戻してしまった。
はみちゃんはまた小さな手で自分の口元を覆い、驚いたように目を丸くした。

「あの、わたくしは……やらなければいけないことが、ありまして……」

そして、言いにくいように身体を縮めてはみちゃんは呟く。途中から参加して話が全然見えてないなるほどくんはその様子に首を傾げた。あたしだって、話は全然見えなかったけど困っているはみちゃんをほっとくことはできない。何かフォローをしようと口を開きかけた、その時。

「わたくし、がんばらなければならないのです」

そんな言葉を吐き出した後、小さな唇がきゅっと結ばれた。ただならぬ様子にあたしもなるほどくんも何も言えなくなって、黙ったまま瞬きを繰り返した。
いつも笑っているはみちゃんの顔が険しくなっている。

「綾里家のために、わたくしがんばります。それが、真宵さまの……」

幼い声が必死になって言葉を作る。手に握り締めた何かをまたさらに握り直して。はみちゃんはあたしの顔を真っ直ぐに見上げてきた。

「真宵さまのためになるのですから」

そしてはみちゃんは微笑んだ。それは、どこか淋しげで笑っているのに何だか悲しくなってしまうような笑顔だった。

はみちゃんのお母さんがある罪を犯したことでまだ刑務所に入っていること。そして、たぶん前みたいにはみちゃんとは一緒に暮らせないだろうこと。
それはあたしでも知っている。
だから今のはみちゃんには両親はいない。綾里家しかない。あたししかいない。
それも、知っている。
本家とか分家とか、よくわかっていなくても。家なんかどうでもいいって本当は思っていても。次の家元があたしである限り、はみちゃんは綾里家に振り回されていく。悲しいことだとは思っても、あたしにはどうすることもできない。

だから、あたしははみちゃんを大好きでいることにしている。大好きで、大事で、いつも笑って。側にいて、淋しくなったら抱き締めて。

「あの、真宵さま、霊場破りツアーってごぞんじですか?霊力をきたえることができるそうなのです」
「"一晩のキッツーい修行で、霊力がグッグーンとアップ!"?こりゃすごいね、はみちゃん!」

突然そんな話を切り出したはみちゃんに、さっきまでの淋しさはなかった。だからあたしも声を明るくして話に乗った。隠していた手紙のようなものとはまた違う雑誌をあたしに差し出してくる。笑顔になってそれを一緒になって覗き込んだ。
そうするとはみちゃんもまた嬉しそうに笑ってあたしの顔を見上げてきた。







私を信じてください。それだけで私は幸せです。
どうか覚えていてください、私がずっとあなたを愛していたことを。