最初は戯れだった。
書面を覗き込むその横顔の近さに、思わず唇を触れさせてしまったのが始まり。突然の口付けに驚いてぼくを見返した後、御剣は薄っすらと微笑んだ。と同時に後頭部に手のひらが回され、そのまま引き寄せられる。最初は二三度、軽く触れ合った後。閉じたままだった唇を御剣の舌が押し、ぼくはそれをするりと受け入れた。
他人の舌が自分の口の中を行ったり来たりするのは、思えばとても奇妙な感覚だ。でも口付けを受けている間にそんなことを考えている余裕、その時のぼくにはない。
いつもは御剣の顔の横にある前髪が、俯いたことによってぼくの肌を優しく刺す。時折、近付きすぎた頬と頬がぶつかってとても柔らかな衝撃を生む。じゃれつく様に回した腕に御剣の手が重なる。
こうなってきたらもう、止める事ができない。
「御剣……」
息だけの声でぼくは御剣を呼ぶ。抱き合ってお互いを貪るうちにぼくたちの足はふらふらと動き、そして縺れ合うようにして近くにあった大きなデスクへと倒れこんだ。硬い木の感触が背中に微かな痛みを与える。それでもぼくはキスをやめなかった。デスクの上に置いてあったペンや紙が次々に床へと落ちていくのも気に留めずに、上になり下になり。両手で御剣の顔を挟み込み、舌を中で泳がせて。
お互い表情を消して、事務所の中に視線をめぐらせる。ここはぼくの事務所であって、決して二人で抱き合う場所なんかじゃない。もちろん、二人で横になれる場所もない。それはとてもよくわかっているのだけれど。足の間の熱はもう無視できないくらいに膨張していて、抱き合う御剣もまた同じ様子だった。
泳がせていた視線がある一点で留まってしまい、ぼくはわずかに顔をしかめた。思い出す度に血の匂いが漂う気がする。──所長の亡骸がこの事務所を離れたのはもう、何年も前のことだというのに。
胸に浮かんできた無数の後悔とやましさを御剣の唇が打ち消した。俯かせたぼくの顎を掴み、御剣は再び口付けを与え始めた。彼女が逝去した場所を見ないように、全て視界から消すように。
死者だけでなく、神に対する冒涜。この、生殖として全く意味のない交わり。未来がないことを悟っていても、ぼくたちはこうして繋がるのをやめることができない。この行為が何の意味があるのかと問われれば、ぼくは何も言えずにただ沈黙してしまうだろう。そして、一度もゆさぶることすらもできないまま有罪判決を受けてしまうだろう。
ズッ、と卑猥な音を立てて太い幹が押し込まれる。中の肉が勢いよく擦られる感覚に快楽を覚えた。御剣の腰が何度も何度も打ち付けられる。それと同時に固くなったぼくのものが、首を持ち上げたまま上下に震えていた。
「あ、ああっ……」
受け入れる瞬間に感じるのは、途方もない悦び。確かに存在する違和感と痛み。でも、それらは意識の外に追いやられてしまう。先端を咥えさせられただけなのにそれだけで全身が脈打つ。強く押さえ込まれているのにもかかわらずつま先にまで快感が届いて、ぼくの両足が跳ね上がった。ぎゅっときつく根元を握られ、驚きとその刺激に今度は全身が揺れる。声を上げる間もなく弾みをつけて突き入れられ、その衝撃に舌を噛みそうになってしまう。
「…ッ、あ、…ああッ!」
ぼくは口を開けて喘いだ。御剣のものが全部入ったかと思うと、すぐにまた引き抜かれる。容赦ない速度で抜かれていく熱の棒に、湿った肉が名残惜しそうに絡みついていく気がした。ぼくがねだるよりも先に、欲望にまた奥まで突かれて、激しく上下に揺さ振られる。膝の裏を掴まれ身動きひとつ取れないぼくの身体を御剣は存分に犯し始めた。
「……ッあ、あ、っ、あ!」
頭が身体が小刻みに揺れ、喘ぎもまた小刻みになる。思考も意識も散り散りとなり、細かい紙切れのように空に飛んで行って見えなくなる。道徳心、背徳心、羞恥心も。みんなみんな遠くに消えていく。
もう何が何だかわからなくなってぼくは、意味もないのに御剣の名を何度も叫ぶ。
「御剣、みつるぎ…っ」
「……ッ、成歩堂……」
口の端から唾液を零しながら呼ぶぼくの唇を、覆うようにして御剣のものが重ねられる。熱い舌と唾液に言葉を封じられても、ぼくは彼の名を呼び続けるのを止められなかった。
相手が自分を呼び、それに答える。
自分が相手を呼び、それに答える。
そんな当たり前のことが当たり前でなかった過去を持つぼくたちは、空白の十五年間を埋めるように口付けを繰り返していた。