まだ少し火照っている肌を隠すようにしてTシャツを着た。黒いパーカーを羽織り、前を閉め様としたその時に。

「もう帰るの?」

手が途中で止まった。正確には止められたのだ。後ろから覆い被さる人影に。
黒い皮の手袋に包まれている自分の両手を見た後、大きな溜息をついた。

「最近、どう?泳いでる?」

左耳のすぐそばで囁かれる言葉。低くて重い声。

「……すみませんが、今日は早く帰ります」
「冷たいねぇ。久し振りに会えたのに」

口調はおどけて優しいのに両手を解放する素振りもない。
振りほどけばいいのに、ぼくはそうしなかった。いや、できなかった。
ぼくだって小柄なわけではない。逃げようと思えば逃げられる。それでもここから動くことができない。
後ろから圧し掛かる巨大な影に、身体も心も取り込まれる。動けなくなる。それは性行為中にも感じていることだった。
耳をなぞる舌。ふいに中に差し込まれ、恐ろしく大きな音が聞こえた。驚いて身体が疎む。

「心配しなくていいよ。お金は渡すから」

低い低い声。まるで金縛りにあったように固まってしまった自分の両手が、黒い手袋をした手と一緒に下がっていくのをぼくは呆然と見ていた。

「痩せたね、ナルホドちゃん」

シャツの裾から這い上がってくる黒い手。その人工的な感触に鳥肌が立つ。
身体を抱え込まれるようにしてベッドルームへと連れ戻された。一度身に着けた物をまた、ひとつひとつ剥がされていく。
すっかり裸にされた状態で寝かされて、肌が心許なくなる。そんな自分の上に重なってきた相手の身体に自ら腕を回した。そして、これから起こる事が何も見えないように肩にきつく額を当てる。
怖い。けど、温かい。
その矛盾に畏怖すると同時に、深く安堵する自分を覚えた。中心に触れる熱に思わず息を漏らす。

ああ、早く。
早く、この闇から抜け出したいのに。