陽気に捲くし立てていた声が気付けばスローペースになっていた。
ぼくはその言葉一つ一つに真剣に耳を傾けていたわけではないけれど、ふとそれが消えかけていると何だかとても淋しい気持ちになる。ぼくは顔の角度はそのまま、視線だけを前方に持ち上げて声の主を視界に入れる。
「真宵ちゃん?」
普段通りの呼び掛けに遅れること三秒間。
「なに……?」
最高レベルの眠気をはらんだ声が返ってきた。事務所内の大きなソファの、中央の一番柔らかくて収まりのいいところ。そこに真宵ちゃんは座り、俯いていた。自分の特等席と彼女が呼ぶその場所は事務所の中でも最も日当たりのいい場所で、本来ならばお客さんが座る場所なんだけど。真宵ちゃんは幸せそうにうっとりと目を閉じ、夢の世界へと旅立とうとしていた。
「寝てないで仕事しろよ」
「うん……お客さんが来たらね」
短すぎる会話はそこで終了。意識が落ちかけている彼女を引き止めようとするぼくの些細な努力はあっけなく散った。
「今から来るかもしれないだろ」
「うん。……そうだね」
そう言って真宵ちゃんは完全に沈黙した。ぼくははあと息を吐き出して顔を上げる。
少なからず、仕事をしないことへの憤りはあったものの、幸せそうな笑みを薄っすらと浮かべる真宵ちゃんの表情にその思いはふっと溶けてしまった。
音を立てないようにそっと立ち上がり、足音も潜めて。ぼくは真宵ちゃんの隣りへと腰を下ろした。真宵ちゃんは目を開くどころか重心をぼくの方へと自然に傾ける。左肩にかかる温かい、心地のよい重み。
彼女の頬に数本の細いまつげが薄い影を作り出していた。俯く顔には細い黒髪が数本掛かっている。丸みを帯びたその輪郭にぼくは、ある人の面影を重ねる。でもそれはすぐに跡形もなく消え去ってしまう。
失った痛みと悔いる心。そして、消えないそれらを薄めて和らげる光。
全身を包む暖かい太陽の光と、寄り掛かる体温に眠気を誘われて、ぼくはそっと目を閉じる。
一度も口にしたことのない、弱く、身勝手な、でも何よりも強い願いを心の中で祈りながら。

どうか。

自分より先にいかないでほしい。
君なしではきっと、ぼくはこの世を生きていけないだろうから。