診察室に入った途端。病室にまたグレープジュースを持ち込んだのか、と聞かれぼくは肩を竦めた。

「ラベルを張り替えていたんだけどな。さすがに、みぬきの目は誤魔化せないようだ」

医者は首を横に振ってそれを否定した。思わず目を丸くしたぼくに、共に訪れた青年がそう言っていたのだと説明をした。
そういえばみぬきには口止めするようには言ったけれど、医者に言うなとは言っていなかった。
師匠に似てなかなか抜け目がないのかもしれない。あの、王泥喜法介という若い弁護士は。

診察台にあがるよう促され、ぼくは言われる通りにした。
白いベッドに横たわって白い天井を見上げる。
医者の指先が裸の足先に触れた。
視界には入らないけれど、他人の持つ指先の冷たさと手の平の妙な生温かさが僅かに背筋を震わせた。
その反応に気付いたのかぼくを見下ろす医者の唇が歪む。それは、支配と嗜虐を好む表情に見えた。
患部である足首を通り過ぎ、ズボンの裾から指先がさらに奥へと侵入を始める。
その動きに性的な匂いを感じた。肌の上を滑り、撫で上げる。そんな些細で他愛もない動きに。
与える側もそうだけど、それを敏感に感じ取ってしまう自分の身体が少し恨めしかった。
しばらくして。
狭い布の中では動きの限界を感じたのだろうか。医者は顎でしゃくり、ぼくに服を脱ぐように指示をした。
下だけか、と一応聞いてみると全てだという答えが返ってくる。
足首の捻挫の診察でなぜ全裸にならなければならないのだろう?
至極当たり前の疑問が頭に浮かんだけれど、ぼくはそれに対する答えを出すことをすぐに諦めた。
幸い、愛娘みぬきの子守はあの若い弁護士が引き受けてくれている。
さして重要でもない問題を彼に与えてやったのは数分前のことだ。
みぬきの助けを借りたとしても、彼がその答えに辿り着くにはもう少し時間がかかるだろう。
ふっと溜息を吐く。
そして、胸元にぶら下がるファスナーを掴みゆっくりと引き下ろす。
ちりちりという細かな音を立て。それが相手の心を焦らすのを知っていながら。
早くしろ、と医者の目が語っていた。でもぼくは焦ることはしなかった。
黒いパーカーを雑に脱ぎ捨て、相手に向かって微笑んだ。

「構わないよ。……診察は、最大限に楽しみたいからね」