腕を組み、ゆったりと微笑む男とその隣に立つ青年を無言で見上げた。
オデコをテカテカと光らせる青年の方は初対面だ。赤いベストに、体温調節のためか白いシャツを腕の半分ほど捲り上げている。 大きな目はこちらを捕らえて離さない。玩具を見つけた子犬のような、それとも獲物を狙う猛禽類のような。 どちらとも思える瞳でぼくを凝視している。……正直言って、ちょっと怖い。
その隣りで余裕ぶってる男には見覚えがある。見覚えがあるどころか馴染みすぎている。 七年間、こうやって優しげな笑みを浮かべてこちらを見つめる『親友』の顔。
何か嫌味のひとつでも言ってやろうか。そう思い口を開きかけた。

「やれやれ。ずいぶんカタくなってるみたいだね。」
「そ。そんなコトないです!カンゼンに大丈夫ですから、オレ!」

牙琉霧人はこちらから視線を外し、隣の青年へと声を掛けた。今まで聞いたことのない、優しさが滲み出る声で。
その言葉に青年は彼同様にぼくから視線を外した。ものすごい勢いで横に首を振り、目を輝かせて否定をする。
投げられた玩具を追う子犬のようだと思った。いや、玩具を投げようとしている飼い主を見上げたと言った方がいいかもしれない。

「声がウラ返ってるよ……まあ。ムリもないかな。初めての依頼人が、彼とは。まさしく“オドロキ”ってヤツだね。」

牙琉は苦笑して、でも最高に優しい笑顔で彼をたしなめた。
口元には笑みを浮かべたまま、こちらにちらりと短い視線を寄越す。
彼、の言葉に含みを持たせる声に何故だか苛立ち、ぼくもまた見返してやった。真っ直ぐに、逸らすこともなく。

「きみも知ってのとおり、今日の依頼人は、私の親友です。助けてやりたいのですよ……なんとしても」
「え、ええ!わかってます!」

こちらを舐めるように見ながらそんな台詞を吐き出す。
言うことにいちいち含みがある気がするけど。今度は縦に激しく首を振る彼は気付く余裕がないらしい。
一組の師弟を見つめる。七年以上前の記憶が蘇り、思い出に感傷を持つ前に。
牙琉が口を開いた。

「たしか、ぼくの尋問なら何度か見ているハズだけど……キミ自身はやったことがない。一度、おさらいをしておこうか?」
「おねがいします!イチから教えてください!」
「いいかい、オドロキくん。“証言”と“法廷記録”……この2つをよく見くらべて、ムジュンを探すんだ」

オドロキ君と呼ばれた青年に向かって牙琉はゆっくりと解説を始める。
親友としての表情しか見たことがなかったけれど、こうして見る彼の姿は優しい師以外の何者でもない。
ぼくの師だった人、あいつの師だった人を思い返し、師匠という立場である人間の態度の違いにギャップを感じていたところに。
牙琉が近付いてきた。
無言で見上げたぼくの上に圧し掛かってくる。そしておもむろにパーカーの裾を捲り上げた。
やめろよ、と言うまもなく片方の乳首を強く摘まれる。

「痛っ」

思わずそんな声が漏れる。
それを完全に無視して、冷たい指が小さすぎる突起を押し潰すようにして動いた後、肌の上を滑っていく。
触れるか触れないか、微妙な動きでへその周りをくるくるとなぞる。くすぐったさに身を捩ると両腕を頭の上に押さえ込まれた。
肩の関節が痛い。

「センセイ、乱暴にしないで」

少し上擦った声でそう囁いてみた。
自分で言ってくだらなさに噴出しそうになったけど、それを聞いた牙琉は無表情で右手を下方におろす。
左手でぼくの腕を拘束させたまま。
右手が服の中に侵入してくる。足の間にある性器を迷うことなく握り、横に扱かれた。
冷たい温度を持つ牙琉の手にぞくっとした寒気が生まれた。抵抗しようと跳ね上がる足を逆に足で抑え込まれる。
性器も完全に握りこまれて、弱点を奪われたような心許なさに首を振って嫌がる。

「やっ……が、りゅう…」

間近に迫っていた、眼鏡の奥にある牙琉の目が鋭く光った。

「そして、ムジュンを見つけたら……その証言と食いちがう法廷記録のデータを《つきつける》……」

性器以外の所も触れられて、見てわかるぐらいに身体がびくっと痙攣する。固く窄まるそこに牙琉の人差し指が当たっていた。
それでも彼が意識を向けているのはこちらではなく、あくまで第三者の立場にいる王泥喜君だった。
組み敷かれている今の状態では彼の顔は見えない。
牙琉の身に着ける青色のスーツと、牙琉の持つ金色の髪が、ぼくの視界を覆っていた。

「でも!今の証言、オカシイところなんて……」
「そんなときは、証人を《ゆさぶる》といい。彼は優秀なオトコです。情報”を引き出しましょう」

言葉からは何をされるかがわからない。だから反応も抵抗も遅れた。
筒状にした五本の指の中に性器を閉じ込められる。そして、それは動き出す。激しく、上下に。
びりびりとした快楽が全身を襲う。最も敏感なその場所を攻め立てられてぼくは声を堪えるため唇を噛み締める。
熱を帯びた性器の先端から汗のようなものが零れて、それを先端に雑に塗り広げられて。

「…あっ、あ!」

小さな声が消しきれない。
様々なものを堪えるために必死に細めていた視界に、牙琉の意地悪そうな笑みが映った。
ああ、髪を引っ張ってやりたい。そう思うものの何もできない。腕は未だに頭上の上でまとめられたままだ。振りほどく気力もない。
そんなぼくを牙琉はにやりと笑い、左手を動かした。腕を押さえる力が消えたことを、ぼくは喘ぎながら知った。
牙琉の白い指がぼくの視界を横切っていった。何をするのかと、そんな好奇心がぼんやりと瞳を動かせる。

「!」

それの行く先が自分だったことに驚いて目を閉じる。薄い唇をめくるそれ。牙琉の指先。
更に驚いて歯を閉じるより先に、奥にまで指が差し込まれた。突然、最も弱い肌である口内の粘膜と舌を触られ目を見開いた。
でも、声を上げることはできなかった。牙琉の指を二本咥えさせられていた。
ばらばらと動かされる指に息苦しさが生まれる。唾液を絡めるようにして動いた後。

「んっ」

何の余韻もなく抜かれた。それが纏う唾液が微量に零れ、無精ひげの残る顎を伝っていくのを感じた。
それで終わりかと息を吐き出そうとした時に、ぼくは自分の考えの甘さに気付いた。
先ほどまで口内を犯していた指は、今度は違う場所を犯そうとしていた。
身を固くするもそれは無駄な抵抗でしかなく、逆に固くしたことで自分に余計な痛みを感じさせることとなった。

「あああ……ッ」

閉じる力とは無関係に、牙琉の指が開いていく。おぞましさに声が上がる。
ぼくの唾液で濡らされた指は、スムーズとまでは行かないけれど徐々にその身を奥に進めていく。
前立腺を求めぐりぐりと角度を変えて動くそれがとても憎らしいのに、ぼくは自分に圧し掛かる牙琉の肩にしがみついてその屈辱に耐えた。
収められた二本の指が上下に動かされる。身体の芯に向かって、二度三度突き立てられた。

「あ、んっんっ」

他人の指によって自分の身体が内側から揺さぶられる度に、短い声が零れていく。
突きつけて、揺さぶる。
牙琉は弟子に教えたとおりのことをしているだけだった。
それでも自分の熱が上がっていくことを、声を上げることを、ぼくは止めることが出来なかった。
突きつけ、揺さぶることを繰り返される内に、熟すように開いていくのがわかる。身体が、意識が。わからない、けれど。
何か、奥から、競り上がってくる、何かが。

「やっ」

突然、そこが圧迫感を失った。絶頂を求めるその寸前で解放されたのだと、酸素の足りなくなった脳でも悟ることができた。
離れていく牙琉の身体を力の抜けた指先は追う事もできず、床に落ちる。
ぼくは横たわったまま、だらしなく呼吸を繰り返す。

「どうかな?できそうかい」

牙琉は濡れた指を白いハンカチで拭いながら王泥喜君を振り返った。

「はい!さすがは、先生!なんだか、オレにもできそうな気がしてきましたよ!」
「結論を出すにはまだ早いんじゃないかな?」
「初めての尋問なんだから、あせらないコトです。……情報が必要ならば、《ゆさぶる》ことも忘れないように」
「……は、はい!大丈夫ですッ!」

ぼくという存在を忘れたように明るい会話を師弟は交わしている。
と、思ったら王泥喜君が目を爛々とさせてこちらに圧し掛かってきた。
尊敬する先生に誉めてもらいたいのか、それともただ単に膨らんだ股間を落ち着かせたいのか。
どちらかは判断がつかなかった。

ぼくにわかる
ことは、今はこの師弟に付き合うしかないということだけだった。