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おかしい。
先程まで車内には、彼女の明るい笑い声が響いていたというのに。


先日担当した裁判の後処理のため成歩堂は事務所で降り、私は真宵くんを駅まで送るために
タクシーの中に残った。しかし。
成歩堂が車を降りた途端、彼女の輝く笑顔は瞬く間に失われた。
そして重く暗い沈黙が後部座席に隣り合って座る私たちの間に流れ始めたのだった。

世間話が得意ではない私は気の聞いた話題を彼女に振ることもできなくて、ただ黙って顔を正面に向けていた。
時々フロントミラー越しに運転手と目が合うと、彼は怯えた様な顔をするのだが…
それでも私は無言のまま前を向いていた。
真宵くんは険しい顔を私とは反対側の窓に向けると、流れる景色を見始める。

───疲れているのだろう。

私はそう自分の中で彼女の不機嫌の理由をつけ、ため息をついた。
暇をもてあました私は心の中であの目まぐるしかった日々を思い返す。


思えば彼女と二人きりになるのは約一年ぶりのことだ。
数日前までは私は国内にいなかった。そして、彼女自身も大きなトラブルに巻き込まれていたのだから。
再会した成歩堂の隣にいたのは、彼女と同じような装束に身を包んだ小さな女の子だけだった。
明るい笑顔とにぎやかな声を持つ真宵くんの姿はどこにもなかった。
顔を歪めた成歩堂から、彼女を人質にとられたと聞いたときは心臓が止まるかと思った。そして。
冥が負傷し、私が法廷に立ち、成歩堂は敗訴した。
無事戻ってきた真宵くんは一年前と何のかわりもなく、おめでとうと言葉を掛けた私を
あの明るい笑顔で誉めてくれた。

(本当に……無事でよかった)

視線を前に向けたまま、隣に座る彼女の無事を実感する。
彼女は相変わらず黙ったままだったが。

(おめでとうが悪かったのだろうか。…お疲れ様、と声を掛けた方がよかったのだろうか?)

顔を正面に向けたままあれこれと考えこむ私の鋭い視線に運転手が気付き、またびくりと身体を震わせた。






「ム。気をつけて。……ご苦労だった」

ぎこちなくそう言って荷物を手渡すと、真宵くんは私をじっと見上げた。
黒色の瞳が真っ直ぐに私を捕らえる。無表情のまま見つめ返しながらも私は内心冷や汗をかいた。
真宵くんは視線を逸らすことなく、私にこう告げた。

───御剣検事。あたしが怒ってるの気付いてます?」
「ム」

やはりお疲れ様の方がよかったのか、と頭の中で反省しつつも私は小さく頷いた。
真宵くんはやっと私から視線を外し、受け取った荷物を両腕で抱え込んだ。
そして改札口へと歩き出す。私も彼女の一歩後ろに続いた。

「どこに行ってたかなんて聞かないよ。色々事情もあるんだろうし」
「ム?」
「ム、じゃないですよ!なるほどくんから御剣は死んだって言われて
  あたしがどれだけビックリしたか!本当に死んじゃったのかと思ってたんだから!」

声を張り上げて真宵くんは私を勢いよく振り返った。
ああそのことを怒っているか、とやっと納得できた私を彼女は鋭い瞳で睨みつける。
彼女に私のことを聞かれ、成歩堂がどのように答えていたのか…それは私の知るところではない。
けれども、再会した時の彼の態度を考えればどのように言っていたのかは容易に想像が付く。

「旅行なら旅行って言えばいいのに!変な書置き残すからなるほどくんだってグレるんだよ!」

……私は別に、海外旅行に行っていたわけではないのだが。
異議を挟むタイミングをなくし黙ったままの私に向かって、真宵くんは両腕に荷物を抱えながら
説教をし始めた。何事かと行き交う人々が私たち二人を振り返る。それでも彼女は声量を落とさなかった。

「検事の話題出すだけでなるほどくん、すっごく機嫌悪くなるし!何があったか全然教えてくれないし!
  もう!よりによって死を選ぶだなんて、そんなこと言うなんて…!」

次々とぶつけられる言葉たちを私は全て黙ったまま受け止めた。
自分でも愚かなことをしたと思っている。しかし、それ程までにあの頃の私は追い詰められていたのだ。
同じような怒りを私は成歩堂から、冥から、容赦なくぶつけられた。
それを不愉快だと思うことはなかった。人の死というものが、残された人々にどれほどの傷をつけるのか。
その悲しみや絶望を私は幼い頃から知っている。突然、父親を亡くす事によってそれを知ったのだ。
一年前の私はそれを知っていたのにもかかわらず、自ら死を選ぶ書置きを残した。
同じように姉を亡くし、近しき者との死別に傷つく真宵くんが怒るのも当然のことだろう。

「もう、そんな事言うなんて最低だよ……」

真宵くんは抱えていた荷物を下ろした。そして顔を俯かせ、最後にそう付け加えた。
言葉が次第に弱々しくなっていく。私は少しだけ腰をかがめ、小柄な彼女を覗き込もうとした。
その時、真宵くんはぱっと顔を上げる。間近で睨みつけられて一瞬、私は言葉を失ってしまった。
激しい怒りを瞳に押し込め、彼女はまた声を大きくしてこう言い放った。

「御剣検事なんて死んじゃえばよかったんだよ!」
(……成歩堂と同じようなことを言うな)

その言葉に私は内心苦笑した。その間に真宵くんの怒りの表情は、ゆるゆると崩れていく。
また顔を俯かせて小さな声で謝る。

「ごめんなさい。あたし、嘘でも駄目。……死んじゃえば、なんて言いたくない」

ひどいことを口にして自分が傷ついた様子の彼女に、私は一度だけはっきりと頷いてみせた。

「うム。……すまない。もう二度とそのような事は言わないと誓おう」
「誓ってよね。破ったらトノサマンスナック五十年分ですよ」
「……そういう時は普通、一年分と言うのではないか?」
「一年で許してあげるわけないじゃない。十年でも足りないくらいだよ」

真宵くんは指先で自分のまぶたの下を押さえながら、じろりと私を睨む。
目じりに少しだけ零れてしまった涙を私に悟らせないように。
私はそれに気が付かない振りをして少し笑う。

「成歩堂に聞かずとも、霊媒でもすれば私の生死くらいはわかっただろう?」

冗談めかした私の言葉に真宵くんはぴたりと動作を止めた。
潤んだ黒い瞳を私にゆっくりと向ける。

「御剣検事。あたしが簡単に検事を霊媒できたと思うの?」

彼女の真剣な言葉と真剣な顔に、私は何も答えることができなかった。

霊媒をするということは、死者を呼び出すということ。
もう一生会うことのできない相手を彼岸から此岸へと呼び戻す方法。
その人の死を認め、そして悼み、遠ざかってしまった魂をただひたすらに願うこと。

彼女が唯一の肉親だった姉を呼び出す度に、どれほどの絶望と孤独を再認識するのだろう?

霊媒など理解できないし、する気もない。
───
が、私の行動がどれほど彼女の心を傷つけてしまったのか。
今更ながら私はそのことに気がついた。

私は口元に浮かんでいた笑みを消す。そして腰を深く曲げ、再度彼女に謝罪する。

「本当に、すまなかった」
「もう……本当にすまなかったんだから!」

伏せていた顔を戻すと、真宵くんの表情はいつもどおりの明るいものに戻っていた。
荷物を抱えなおしてにっこりと笑う。

「そろそろ行かなくちゃ。御剣検事、見送りありがとう」
「ああ。春美くんにもよろしく伝えてくれ」

うん!と笑う彼女を見て私もつられて笑みをこぼした。
荷物をと共に元気よく歩き出した彼女の後姿が改札を越えたところまで見届けると、身体を反転させる。
そして、足を踏み出して駅の出口へと向かおうとしたその時。

「御剣検事!」

大きな声に呼びかけられ、私は振り返る。
周りの人々の視線を集め、改札口の中にいた真宵くんが私に向けて大きく右手を振っていた。
小柄な身体を何度も小さく跳ねさせつつ。私が振り返ったのを確認すると両手を口の横に運び、
さらに大きく口を開ける。

「おかえり!」

この状況にそぐわない挨拶を、真宵くんはした。突然のことに私は目を丸くする。
これから家に帰る彼女が、見送りに来た私にする挨拶ではないだろう。
それは帰ってきた者を迎える挨拶の語なのだから。
ぽかんとしている私に真宵くんは優しく微笑んだ。全てを捨て、一度逃げ出した私に向って。
真宵くんはもう一度手を振る。
そしてとても優しげな表情を作り、声を張り上げてもう一度彼女は言った。
労わる様に、何かを認めるように。
堪え切れない嬉しさを口元に湛え、瞳を細めてはみかみながら。

「おかえりなさい、御剣検事」

私はその言葉を噛みしめる様に一度頷く。
そして微かに笑ったまま、こう返したのだった。

「……ただいま」



●   
・.

 

















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ヘタレミタンを説教する真宵ちゃん。
こういうミツマヨ(マヨミツ?)も好きです。物騒な書置き残して失踪したミタンに
ちゃんとおかえりと言ってくれるのは真宵ちゃんくらいだと思う(笑)
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