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強い人だなぁ。 初めて会ったとき、彼女はまだ幼さを残した顔で法廷に立っていた。 やたらに重いため息が、ぼくの耳に届いた。 「所長………?」 一度目は反応なし。 「……所長」 二度目もやっぱり無視。……まぁ、それもそのはずだ。 「所長!!」 思い切ってぼくは声を張り上げた。 「何、どうしたの?なるほどくん」 疲れてるようですね、少し息抜きしたらどうですか。ぼく、コーヒー入れますよ───
「?どうしたの」 そこまで口に出すと、所長の顔が一瞬で強張る。 「なぁに、もう疲れたの?仕事始めてまだ全然……」 そう言って時計を見、所長は再度目を丸くした。 「あら、もうこんな時間。なるほどくん、お腹すいたんでしょう。お昼行きましょう」 そういうと所長は腰を上げて、さっさと歩き出す。 「別に心配しなくていいわよ、おごってあげるから」 結局、ぼくの言いたかったことは一つも言えず。 ・ 「あ、いいの。自分で拾うわ」 あっさりと断られてしまった。 (うーん、隙がない…) 女の人で、あそこまで自立している人って珍しくないか? (……所長も、誰かに頼ったりしてるんだろうな) こんなに沢山の人が居るんだから。彼女につり合う完璧な誰かが、彼女を守っているんだろう。 (まぁ、ぼくみたいな人間には、頼れないって事なんだろうけど) 妙に納得した自分がいて。 ・ 「千尋さん」 名前で呼ぶと、彼女は少し不機嫌そうにぼくを睨んだ。それでもぼくは強気の姿勢を崩さない。 「帰りましょう。次の依頼人が、待ってます」 どんなに努力しても、事実は逆転のしようがないじゃないか。 「被告は明らかに罪を犯している!それは所長だって認めているんでしょう?」 しかし、今回の事件は有罪という判決は間違っていない。やり直す必要なんて、ない。 「あなたみたいな素人にはわからないわよ。いいから放し…」 冷たく突き放された物言いに、ついにぼくは切れてしまった。 「ぼくにはわからないです……!そんな、弁護なんて…!」 ぼくは俯き、下を向く。彼女を視界に入れないように、斜め横を向いて。 「………だって。被告にはまだ小さな娘さんがいるのよ」 驚いてぼくは所長を見た。そしてさらに驚いた。 「母子家庭だと聞いたわ。その母親が…たった一人の母親がいなくなってしまったら」 置いてあったソファに腰を掛け、その手で自分自身を抱きしめて。 「誰がその子を守ってあげるの?」 所長には、離れて暮らす妹さんがいると聞いた。 (妹さんと、その女の子を重ねてみてたんだ……) ゆっくりと近づき、ぼくは床に膝をつく。腰掛ける所長の、目の前に。 (違う) その瞬間、わかってしまった。誰よりも彼女が守りたかったもの。 「千尋さん」 微かに震える手のひらをそっと包む。 「大丈夫ですよ。千尋さん」 彼女は一人じゃない。究極の孤独を経験したことのある、ぼくにはわかる。 「ふたり………?」 唇を震わせて問い掛ける彼女の手に、力を込める。 「妹さんと……ぼくです」 千尋さんが微かに息を呑んだ。真っ直ぐ目を合わせて、ぼくは何度も頷いて見せた。 「………千尋さん、なんかかわいいですね」 聞いたことのない鼻声で、千尋さんは言い返してきた。その様子にぼくは笑う。 「ありがとう………なるほどくん」 ・ 「ど、どうかしたんですか!?」 足元を見ていみると、見事なまでに彼女の高いヒールがべろんと剥がれていた。 「困ったわね……この近くに靴屋あったかしら…」 足元にしゃがんだまま、ぼくは背中を差し出した。 「おんぶですよ、おんぶ」 また泣きそうな顔をすると、千尋さんはおずおずとぼくの背中に身体を預けた。 「なるほどくん………今日のことは、全部忘れて」 柔らかい夕日の橙、緩やかに吹く風。そして、背中に感じる体温。 誰かじゃなくて、このぼくがあなたを守りますから。
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うっはぁ!恥ずかしい!…でもなるほどくん素敵。おんぶはかなり恥ずかしいが。 千尋さんは大人ですけど、やっぱ超人てわけじゃないですから。 この二人は、ミスチルの「つよがり」って歌がピッタリです。 ヘタレ男と強気女。 いつかは真っ直ぐに向き合ってよ、って。向き合うまでもなく千尋さんは……うう、悲しい。 |
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