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ああ、ぼくも約束をしたらよかったな。
唐突にそう思った。
次に会う約束を交わしていれば、あの人はいなくならなかった?

「弁護士はピンチのときほどふてぶてしく笑うものよ」

……そう言ったのは、誰だっけ?

 

「お腹、いっぱい!」
「そりゃよかった」

自分のお腹をさすり、彼女は満面の笑みを浮かべた。
まだあどけなさの残るその仕草は、ぼくの心を癒してくれる。

「よくお姉ちゃんと食べに行ってたの?」
「まぁ、うん……そうだね」

あいまいな答え方をしたぼくを全く気にかけない様子で、真宵ちゃんは笑った。
彼女の強さには、本当に驚かされる。
唯一の肉親の死を目の当たりにし、しかも自分が容疑者にされて。
真犯人を捕まえるために、霊媒で姉をその身体に降ろして。
……そして、いつでも笑ってぼくを笑わせてくれる。

「お姉ちゃんはねー塩ラーメンが好きなんだよね。あたしは絶対みそ味なんだけど」

ケラケラと笑いながら、あっさりと死んだ姉の話題をぼくに振る。
そんな時、ぼくはいつも言葉に詰まってしまう。
霊媒師の見習いという彼女は、死というものをあまり深刻に考えていないのだろうか?
───いやいや、彼女がつらくないわけがない。
脳天気なふりしてぼくを励ましてくれているのかもしれない。

(まぁ、こう見えてもあの所長の妹だしな……)

「あ、見てなるほどくん!あそこにもラーメン屋さんがあるよ!」
「本当だ。今度行こうか?」
「うん!約束ね。なるほどくん、なるほどくんはさぁ……」

なるほどくん。なるほどくん……
彼女がぼくの名前を呼ぶ。

(ああ、やっぱ似てるな……)

懐かしさと心地よさに、思わず笑みがこぼれる。でも、その後すぐに我に返る。
並んで歩いていても、どこかが違う。それもそのはずだ。

真宵ちゃんの髪はあの人より黒い。
真宵ちゃんの背はあの人より低い。
同じ姉妹でも、こんなにも違うのか。こんなにも声は似てるのに?
美人で優しくて時々怖くて。ぼくが世界で一番尊敬する、弁護士。
───綾里千尋さん。


「ねぇ、なるほどくん」

事務所に着き、夕食のため中断していた仕事を再開してしばらくしたところで。
真宵ちゃんが恐る恐る声を掛けてきた。

「眠くなっちゃった…ちょっと寝てもいい?」
「食欲に睡眠欲…恐ろしく健康的だね、真宵ちゃん」
「なるほどくん、仕事してるのにごめんね…」

言うが早いが真宵ちゃんはソファに横たわり、眠りの世界へと落ちていった。
その表情はどこかほっとしている様だった。

(……だよなぁ、やっぱ)

父親を早くに亡くし、母親も行方不明。たった一人の姉も無残に殺され。
頼れるのは、知り合ったばかりのこのぼくだけ。
泣きたいのは、他でもない彼女だろう。ぼくは支えたい、そんな彼女を。
これからはこの事務所も、ぼくが支えていかなければならない。

(……所長、ぼく一人じゃ頼りないですか?)

背中に圧し掛かるプレッシャー。拭いきれない不安感に、震える手を握り締めた。
立ち上がり、事務所を見回す。どこかガランとしてしまったのは気のせいなんだろうか。
……事件現場となったこの場所に、いるのは正直つらい。
所長が作ったこの事務所を畳むことは避けたい。でもやっぱり、この場所はどうしてもつらい。
彼女の匂いが、残りすぎてる。
でも、所長に任せるといわれたら、ぼくは頑張るしかないじゃないか───

「ずるいな、千尋さんは」

自分で言って、どきりとする。チヒロさん……名前で呼んだこと、あったっけ?
あまりなかったような気がする。生意気よ、なんて小突かれそうだ。
ぼくは一人笑う。まるでそこに、彼女が存在しているかのように。

(本当にずるいよ、千尋さんは)

自分の気持ちに気付かせる暇も与えず、ぼくに法廷テクニックを叩き込んで。
いなくなったと思ったら、幽霊として戻ってきたりして。
しかも、妹の真宵ちゃんの身体を使って。
……そんなんじゃもう、触れることさえ出来ないじゃないか。

ソファに横たわり、寝息を立てる真宵ちゃんを見つめた。
微かに揺れるまつげ。守ってやりたい、新しい存在。
これからは彼女と過ごすことが多くなるんだろう。
千尋さんと過ごした時間を、真宵ちゃんに上書きされていくんだ。
これは喜ばしいことなのか?
わからない───わからない。でも、千尋さんにはもう会えないのは事実だ。
そう思った途端、どうしようもない喪失感が全身を襲った。
まぶたの奥に感じる予感。他でもない、それは涙のもの。

(泣くな)

真宵ちゃんが起きたらどうするんだ。
一番つらいのは彼女だ。年上の、しかも男のぼくが泣くなんてみっともない。

(泣くな、泣くな)

右手で口を押さえる。

(泣くな)

駄目だ。
次第にぼやける視界。 唇を、思い切りかみ締める。

───弁護士はピンチのときほどふてぶてしく笑うものよ

ふいに現れた幻想。彼女の声。
ぼくは驚いて目を見開いた。慌てて辺りを見回す。当たり前だけど、そこには誰もいない。
寝息を立てる、真宵ちゃんだけ。

「ピンチのときほど、か……」

溢れ出そうになった涙は、今の驚きのおかげで引っ込んでいた。
いきなり現れた、彼女の幻によって。

(……また助けられちゃったなぁ)

男として情けないとは思いつつも、心が満たされた感覚に安堵する。
これからの時間を、真宵ちゃんと過ごしても。
千尋さんと過ごしたほんの少しの時間を、他の人と過ごす時間が上回ったとしても。
きっと彼女は一生、ぼくの前を歩いていくのだろう。
いつだって先回りされて。最後の最後までそうだった。

「千尋さん」

彼女に触れられない悲しい現実は、逆転することなんて出来ない。
呼んでも答えは返ってこない。でも、それでも。
ぼくはこの言葉を、あなたに伝えたい。

 

─── 千尋さん、ぼくはあなたが好きでした。

 

●   
・.

 

















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1の攻略本の、ラーメン食べに行った漫画の後の感じで。
千尋さんが最後に会う約束してたのって真宵ちゃんだけ…で、いいのかぁ。
なるほどくんと真宵ちゃんと三人で食事に行くつもりだったのかな。それがわからん。
ぼくの前を、というのは冥ちゃんの台詞からきてます。いつか絶対、千尋さんの年を越えてしまうし
弁護士としての経歴も上になっちゃうでしょう。それでもなるほどくんにとって千尋さんは師匠なんです。
永遠のおっかけっこです。切な悲しい。
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