top > 読み物 > 有罪判決

 


______________________________________________________________________________

 

 

You are guilt.

「じゃあ、御剣。君は有罪だね」

成歩堂はそう言って笑った。

私がなぜ、有罪判決を受けたのか───
その理由を説明するには、時間を少しだけ戻さなければならない。



「あ」
「あー!御剣検事だ!」

にぎやかな声が、裁判所の廊下に響いた。私は振り向かずとも、その声の主が誰かわかった。
心の内の動揺が表に出ないよう、無表情にして振り返る。

「やぁ、御剣」
「こんにちはー」

そこには妙な格好の少女と、青いスーツの男が並んで立っていた。
笑顔で手を振るその男……彼こそが天才検事と名高いこの私を、動揺させるただ一人の男。
私の視線に対し、成歩堂龍一はまるで子供のように微笑みかえした。
そして私をじっと見つめる。と、同時に跳ね上がる心臓。

「……では、失礼する」

言葉なく見つめられる居心地の悪さに、私はこれ以上耐えることができなかった。
視線を慌てて外す。そして短い言葉だけを残して、その場を逃げるように去った。

「なるほどくん、相変わらず嫌われてるね〜」

角を曲がる瞬間、真宵君の大きな声が耳に届く。

(嫌っている?…私が?成歩堂を?)

いや、それは違う。
私が成歩堂龍一に抱いている感情……確かにそれは、普通の友人に抱く感情とは違っている。
それは私自身も認めたくないもので、しかしこの猛る想いは無視することが出来ない。
彼が欲しい。私のものにしたい。それは紛れもなく、恋愛感情と呼ばれるもの。

私はその育ち過ぎた自身の感情を、ひとり持て余していた。



「帰ってもいいよ、御剣」

なぜか落ち込んだ様子で、成歩堂は自分の前のグラスにため息を落とす。
私と成歩堂は、向かい合って酒を飲んでいた。しかし、会話は少ない。
15年振りに再会をした私たちは、矢張の提案で同窓会をすることとなったのだ。
しかし、この場に彼はいない。他に約束があるだとかで、少し顔を見せただけだった。

(……全く、矢張は相変わらずだな)

呆れつつも、笑みがこぼれる。そして、目の前で酒を口に運ぶ男を見つめた。
最初は、意識的に彼の顔を見ないようにしていた。が、思ったより彼は酒のペースが速い。
まるで水を飲むようにアルコールを胃に流し込む姿が、心配になった私は彼をそっと窺った。
拗ねたように酒を舐める成歩堂は、私の視線に全く気がつかない。
その事をいいことに、私は彼をじっくりと観察し始めた。

特徴のある髪型と、それに合わせたかのような眉毛。法廷ではいつも、射るような視線を
ぶつける目は、実はとても黒目が大きい。
アルコールの影響なのだろうか……それがいつもより黒く、潤んで見える。
酒を飲み込む唇。それは少しだけ赤い。そして頬も赤く染まっている。 ───それが、とても。

(……したい)

一瞬、とんでもない妄想が私の脳を通り過ぎていった。
酔いが回ったのかと思った。いや、明日の仕事のことを考えもうすでに酒は飲んでいない。
気持ちを落ち着かせるつもりで、私は目の前の成歩堂を再度見つめた。
───これは男だ。そして、私も男だ。
しかし、私が彼に抱いているのは恋愛感情で。 恋愛感情は相手を恋い慕うこと。
相手を自分のものにしたいと思うこと。 相手の全てが欲しくなる。
私は、この目の前の男が好きだ。彼に口付けしたい。

(……彼を、抱きたい)

「出よう、御剣」

いきなり成歩堂が立ち上がり、私の心臓は激しく脈打った。
異議を唱えることも忘れ、私は 彼に従った。

「いつか絶対、返すから」

ろれつの回らない様子の成歩堂にそう言われて、私は思わず目を逸らした。
彼の瞳は、今の私には刺激が強すぎる。
私は心の中を駆け巡る邪まな考えを誤魔化すために、口を歪めた。
そして、無言で首を振る。私のその動作に、成歩堂は頬を膨らませて不満げに横を向いた。

(……変な所にプライドを持つ男だ)

まるで子供みたいな横顔が、とても愛しいと思った。
急に彼を抱きしめたい衝動に駆られた私は、自制のために彼より先に歩き始めた。
成歩堂はふらつきながらも、絶対返すよと念を押す。私はそれを再度拒否した。
しばらく、返す返さないのやりとりが続いた後。

「ぼくが嫌なんだ!」

急に成歩堂が叫んだ。私は驚いて、何も言えなくなってしまった。
成歩堂は俯いたまま、唇を噛んでいた。その目は悔しげに歪んでいて、今にも泣きそうに見える。

(成歩堂……?)

私は困惑した。 彼は私に、なんと言ってほしいのか…?一体、何をしてほしいのか?
成歩堂が眉を下げて、私を見つめ返した。その大きな目が私を捕らえる。それと同時に。
理性が飛んだ。

「………では、今返してもらおうか」

口にした言葉は、全くの思いつきだった。いや、私の行動自体が理由のないものだった。
───ただ、理性が本能に負けただけ。

「!」

私の腕は彼を捕らえ、気が付けば唇を強く押し当てていた。何も考えられなかった。
初めて触れた唇の感触に、私は興奮した。
夢中で舌を差し込み、逃れようとする彼のものを追い詰めて、絡めて。

「………ん」

成歩堂の口から零れたのは、艶やかな響きを持つ声。まだだ。まだ足りない。
両手を彼の頬に当てて、私は貪るような口付けを続けた。
しばらくして、肩に成歩堂の手が触れた。そして強く押し返される。
そうされてからやっと、私は自分の犯した過ちに気がつく。

「…………み、みつるぎ?」

動揺した成歩堂の声。私は何も答えられず、彼を置いて歩き出した。
酔っていた彼は、ついてこなかった。遠くなっていく、成歩堂の気配。
それでも私は足を止めなかった。

早足で歩きながら、私は自問を繰り返す。

──今、私は何をした?酔っている成歩堂に、一体何をしたのだ?
彼はどう思ったのだろう?そして私は、何を考えていた?何を考えて、あんなことを。

「………いや、酔っていたからだ」

思わず口から、言い訳が零れる。
あれは酒のせいなのだ。私は彼に、ただ悪戯をしただけだ。
自分が飲んでいた、グラスを思い出してみる。目を閉じて思い返してみても、結果は同じ。
───酔いなんてとっくに醒めていたはず。
それでも私は首を振る。違う、違う。あれは何も意味のないキスだ、と。



「なんだ、その顔は」
「貴様のその様子じゃあ、またろくでもない弁護をしたのだろう」
「この場に最もふさわしくない、弁護士の名前を知っているか?」

皮肉まじりの言葉を、容赦なく相手にぶつける。ぶつけられた相手は眉をひそめた。
私が口を開く度、相手…成歩堂の口は閉ざされていった。
おろおろと私たちを見比べる真宵君を無視して、私と彼は睨みあう。

公判を終え、裁判所の廊下を歩いていたとある午後。私と成歩堂は、また偶然顔を合わせた。
謝罪の言葉をかけるつもりだった。そして先程の裁判で見事な尋問で無罪を勝ち取った彼に、
労いの言葉をかけるつもりだったのだ。
しかし、私の口から出てきたのは、どうしようもなく皮肉めいた言葉だけで。

「成歩堂龍一、貴様だ。いいから君は、事務所に戻って休みたまえ」

私のその言葉に成歩堂は、顔を歪めた。
そしてそのまま、無言で私の前から去っていく。

「御剣検事、大丈夫ッスか?」
突然、図体のでかい男が顔を覗き込んできた。思いっきり不機嫌な顔を作り、彼に向ける。
すると糸鋸刑事は背筋を伸ばし、私から離れた。

「何がだ」
「いや、なんか様子がおかしいと思っただけッス…」

私の冷たい物言いにしゅんとなりながらも、彼はそう答えた。
いつもなら嫌味のひとつでも浴びせて、現場へと走らせるのだが…今は、それどころじゃない。
先程の成歩堂のことが気になり、私はひとつため息をついた。
それに気がついた糸鋸刑事は私に再度、言葉をかけてきた。

「疲れているようなら、休んだ方がいいッス。心配ッス!」

ふと、胸をつかれて私は彼を見た。目を丸くして、糸鋸刑事は私を見つめ返した。

「君は、私のことを心配しているのか?」
「そりゃ、モチロンっすよ!」

大きな声でそう言うと、糸鋸刑事は笑った。

(……何ということだ)

私が成歩堂にできなかったことを、糸鋸刑事は簡単にやってのけた。
このどうしようもなく仕事ができない、ただ身体がでかいだけのこの男が。
無言で見つめる私の視線に顔を赤くして、糸鋸刑事は一言、こう言った。

「自分、御剣検事のこと大好きッスから!」
「!」

その言葉に、思わず笑みがこぼれる。

「そうだな」
「!!」

がくり、と糸鋸刑事の大きな口が開いた。そしてぱくぱくと上下に動く。

「みつ…」
「少し出掛ける。用があったら携帯にかけたまえ」

私は立ち上がり、上着を手に取った。

「御剣検事!」

顔を真っ赤にし、なぜか涙ぐんだ糸鋸刑事が私を呼び止めた。
しかし私はそれを無視して、歩き出した。
愛しい彼に、会うために。




気付けば、彼の事務所に来ていた。
そして目の前に、彼が立っていた。挑むような視線で、私を見つめる。

君の手で、私を裁いてくれ。
いつも真実を導きだす、君のその手が欲しい。

成歩堂の声で、その裁判は開廷した。

「御剣……君に、聞きたいことがあるんだ」


You are guilt.
そして私は、有罪判決を受けた。

 

 

●   
・.

 
















______________________________________________________________________________
7777hit、クイズダービーのとくかおさまのリクエストで『恋愛感情なミツルギと友情以上なナルホドゥ』でした!
そちらのサイトにはなるほどくん視点のものがあります。
妙に長いものになりましたが…とくかおさま、素敵なリクをありがとうございました!
________________________________________________________________________________________________________________________________________________________________________________________________________________________________
top > 読み物 > 有罪判決